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特集「最高のビッチ」

2017年1月25日

特集「最高のビッチ1」⑩ イザベル・アジャーニ
アデルの恋の物語(1976年 事実に基づく映画)

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監督 フランソワ・トリュフォー

出演 イザベル・アジャーニ

シネマ365日 No.2006

黒い光 

特集「最高のビッチ1」

アデル(イザベル・アジャーニ)の切なさに胸が締め付けられます。アデルはヴィクトル・ユーゴーの次女です。恋人の海軍士官、ピンソンを追って単身カナダのハリファックスの港に来ました。1863年の女一人旅ですから、これだけでも容易なことではなかったはずです。アデルの一途な恋は受け入れられず、男を追ってバルバドス島まで行き、犬に噛みちぎられたボロボロの服を着て町をさまよい、とうとうピンソンの顔も見分けられなくなってフランスに連れ戻され、精神病院で40年を送ります。悲劇というしかありませんが、原因は一にかかってアデルの尋常ならざるひたむきさにあったとしか思えない。これが、いい男は何ぼでもおるわい、と思えるような女性なら、闇の深淵にはまり込みはしなかった。ピンソンはアデルを持て余し、結局棄ててしまったジゴロみたいな男かもしれませんが、君とは結婚しない、愛してもいない、父上の元に戻ってくれ、君は僕を愛しているというが、愛ではない、エゴだとまではっきり言っていますから、騙したことにはならない。それでも踏みとどまったのはアデル自身です▼アデルを取り巻くのはいい人ばかりです。慎ましい下宿屋のサンダース夫人は、アデルが大作家の娘とも知らないまま、親切に身の回りの世話をします。病気の時は介抱し、恋に悩んでいる様子を気の毒そうに見守る良識に富んだ夫人です。アデルが行きつけの本屋の青年は、手元不如意のアデルに、紙の代金(当時紙は貴重品だった)はいつでもいいといい、できる限りの便宜を図ります。英国銀行北米支店の責任者は、フランスからの手紙と送金を確かめに来るアデルが、親元を離れ異郷に一人いることを察し、温かく対応する。まして両親は、物価が高いから生活費が高くつくという娘の催促があるたび、多い目の金額を送り、親が反対する男とどうしても結婚すると言い張るにおいては、同意書も書く、なにくれと娘の意を迎え「母さんはお前を連れ戻しに行きたいと言っているが体調不調でままならない、兄さんがリバプールまで迎えに行くからこの金で船に乗るがいい、どうしても帰らないのなら下宿代にしろ、母さんに書く手紙は大きな読みやすい字で書いてあげておくれ」と父は言ってくるのだ▼大作家にして大詩人、思想家にして政治家という父を持ったプレッシャーはあろうし、事故死した姉ほど自分は可愛がられていなかったというコンプレックスはあったかもしれない。しかしそれとは違うところで、アデルは狂気を育みやすかったのだ。下宿屋のおばさんもアデルはピンソンにはもったいないと思うほどの味方だった。一言でいうとこの悲劇は痛ましいまでにアデルの自己破壊だった。彼女とピンソンの言い分を聞こう「カニザリオから結婚のもうしこみがあったのよ。父の友人のイタリアの大詩人よ」「結婚すればいいじゃないか」「わたしを愛していないの」「愛していたよ、アデル」「でも今は愛していない、これからも愛してくれないの? お願い、あなたを愛し続けてもいい?」「…」「いいわ、上官にあなたの手紙を見せます。そしたら軍隊にいられなくなるわ、あなたの手紙をあなたの女たちに読ませてもいいわ」「心変わりして何が悪い」「わたしと結婚してもあなたは自由よ」「時々君がわからなくなるよ。僕を愛しているならすぐ、父上の元に帰ってくれ」▼溺死した姉が夢に現れるたび、うなされ「お姉様ね、来て助けて」と悶える。男装してパーティーに現れ「その扮装はなんだ!」ピンソンはぎょっとする。「わたしだとわからないように。あなたに迷惑かけたくないの」余計目立つではないか。男をストーカーし、塀をよじ登って彼が女とベッドを共にするのを見届ける。鬼気迫る。そして書くのだ。「もはや嫉妬はない、自尊心も捨てた、愛はわたしには微笑まず、顰め面を見せるだけ。売春宿で苦しむ女たち、結婚に悩む女たち、女たちに自由と尊厳を与えること。愛はわたしの宗教だ」。どうしても自分に応えない男に、とうとう「結婚はわたしのような女がすることではない」と宣言する。ここまで至ったのだ、あと一歩突き抜ければ、しかもアデルの筆力とパワフルな性格があり、彼女を愛する家族に恵まれていれば、新時代の女の象徴になってもおかしくはない才能の持ち主だった。そう考えると人に運命というものがあることを思わずにはおれない、そして運命とは性格なのだ▼「ピンソンと無事結婚した」というアデルの虚偽の報告を受けた父は、慣例によって新聞に「次女アデル結婚」の広告を出す。それを読んだピンソンの上官は「君はいつ結婚したのだ。しかもパリで」「令嬢は性格の強い人で、ご両親の家を飛び出しました。今はどこか知りません。その記事とは無関係です」「しかし君の素行に非がなければこのような災いにあうことはなかっただろう。もし軽率なことをしたら次は軍法会議だ」。ピンソンは身を固めることにした。相手は判事の娘だった。新聞でそれを知ったアデルは判事の家に行く。ただならぬアデルの顔つきに家令たちはたじろぐが「騒がないで。わたしが父に伝えます」そういった姉娘の計らいでアデルは判事にあい、いうには「わたしはユゴーの娘。ピンソンはお嬢さんにふさわしい男性ではありません。借金で投獄されるのを恐れて軍隊に入り、わたしと恋愛関係になり、もうすぐ彼の子供が生まれます」もちろん破談である。「あの女、地獄へ行け」とピンソンはうめく▼アデルがバルバドス島まで追ってきて、黒人市場で騒ぎを起こしたと聞いたピンソンは話をつけに行く。しかしアデルにはもう、ピンソンを識別できる力はなかった。ふらふらと去っていくアデルを、ピンソンは呆然と見送るのみ。行倒れ同然のアデルを黒人の女性が助けた。彼女は食べ物を与え、寝かせ、こんな手紙を書いた。「わたしはバルバドル島の貧しい女ですが、ヴィクトル・ユゴーの名前は知っています。あなたは地上の虐げられた者たちの味方です。お金もなく運命に打ちひしがれた女性がここにいます。子供たちにいじめられていた、哀れな女性です。わたしは彼女を助けてやり、家に連れ帰りました。あなたの娘さんです。英国の士官を追ってここまで来たそうです。苦しみで体もボロボロです。体は治っても心は戻らないでしょう。ご家族の温かい愛情が必要です。ユゴー様。わたしが娘さんをお連れします。旅費は知人から前借りして参ります」…涙が出る。以後40年、アデルは家族の誰よりも精神病院で長生きした。父ユゴーは1885年5月こう言って死んだ。「黒い光が見える」。アデルが息を引き取ったのは1915年、第二次世界大戦のさなか、85歳だった▼トリビアですが、エヴァ・グリーンは14歳のとき、この映画を見て女優になることを決めたそうです。アデルを演じたイザベル・アジャーニは18歳だった。14歳のエヴァは、アデルとイザベルに、中ったとしかいいようがない。変わった子だったでしょうけど、いい女優になってよかったわ。

 

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