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特集「最高のビッチ」

2017年1月31日

特集「最高のビッチ1」⑯ マレーネ・ディートリッヒ
情婦(1958年 ミステリー映画)

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監督 ビリー・ワイルダー

出演 マレーネ・ディートリッヒ/チャールズ・ロートン

シネマ365日 No.2012

検察側の証人 

最高のビッチ

「最高のビッチ1」のトリはこの女優。いかにもディートリッヒらしいシーンのいくつかがあった。マレーネ・ディートリッヒは「マリリン・モンローとはまた違うが、同じく余人に変えがたい女優だ。彼女たちのようなスターはどこにもいなくなった」といったのはビリー・ワイルダーだった。本作の出演にあたってディートリッヒは、ワイルダーを監督に呼ぶという条件を出した。ワイルダーは「異国の出来事」で、歯茎をむき出して口を泡だらけにし、歯を磨くようなシーンを、ディートリッヒは嫌がらなかったかとインタビューで訊かれ「とんでもない、彼女はどんなことでも言うことを聞いてくれた」と答えている。馬触れれば馬を斬る、およそ穏健さとかけ離れていたディートリッヒにしては、よほどワイルダーとウマがあったのだろう。後年この印象に残る「歯磨き」シーンを、ケイト・ブランシェットが「ハンナ」でやった。彼女は鏡に向かって、歯茎から血がにじむまでゴシゴシやり、見る者をタジタジとさせている▼ディートリッヒが、検察側の証人として法廷に入るシーンがある。黒いスーツに白っぽいブラウス(映画は白黒)教師のような固い生真面目な服装で、背筋を伸ばし、風も音も起こさず気配すらなく、空気のように入ってくるのだ。一目でただならぬ雰囲気を醸しだす。男の気を引き、女の目をそばだたせる、こんな証人が入ってきて、裁判は機能するのだろうかと思ってしまう。気がつけば真後ろに座っていたトラのように、ディートリッヒは静かに証人席につく。もう一つ、これもディートリッヒだと思ったのは、評決が出て被告、つまりディートリッヒの夫は無罪となった。妻であるディートリッヒは偽証罪に問われる。判事も陪審員も退廷し傍聴人もいなくなった。弁護士役のチャールズ・ロートンがタラコ唇を引き結び、この女、まだ何か隠していると睨んでいる、そんな場面である。ディートリッヒはコンパクトの小さな鏡を開き、おもむろにルージュを引きながら男のほうに視線もやらず、落ち着きはらった声で「わたし、刑務所に入るの?」…おお懐かしい。「間諜X27」で、興奮した群衆を前にやって見せた口紅のシーンではないか。ディートリッヒがやるのはいつも、世間一般のモラルを(ふん)と、鼻であしらう仕草であり態度振る舞いである。いかがわしい世界、男をたらしこむ女、タバコの煙のたちこめるキャバレーで、頽廃と耽美を漂わせた危険な女のやる仕草なのだ▼どんな役をやったとしても、ディートリッヒには、セクシャルな官能の中にしのばせた、過剰なまでの自意識が滲み出ていた。この映画のなかで、いみじくもディートリッヒは弁護士にいう「わたしが嫌いなのね。外の人たちのように」。人好きのしない、特に男から好かれないキャラをはっきりと自覚し、それに責任を持って生きていく。ディートリッヒが演じた娼婦も女帝も、ダンサーも主婦もキャバレーの歌手もそんな女だった。ディートリッヒとは、力強く、エキセントリックなまでにわがままを通す悪い癖を、矯めもせず反省もせず、一生貫いた「ビッチ」だった。ディートリッヒは悪女を演じるのが気にいっていた。ラブシーンはうまいとはいえない。彼女の、男女を問わぬ多彩な関係を考えると妙な話だが、ワイルダーが「ラブシーンはプライベートな自分をさらけ出すようで、ドギマギしてしまうのさ」と、分析しているのを読んで笑ってしまった▼ディートリッヒの演じる女性は「モロッコ」以来一つのタイプがある。贖罪よりも地獄に堕ちる女を選ぶ。女神のような天上的な女ではなく、男のエゴのために身を捧げる女でもなく、愚かで邪悪であっても自分の選択で身を滅ぼす女を選んできたことだ。夫を救うために大芝居を打ったディートリッヒに、チャールズ・ロートンの弁護士が訊く。「君は夫が無実だと知っていたのかね」「わかってないのね」ディートリッヒは半眼の目で物思わしげな視線を投げ、「有罪だと知っていたからよ」「君は殺人犯を助けたのか!」「愛しているからよ」平然という。しかしこの献身が裏切られたとわかったとき、偽証罪も要らぬ、共犯も要らぬ、どうせ罪になるなら「この罪で」裁かれると、男を殺してしまうのである。殺人罪である。ディートリッヒは57歳だった。この後「黒い罠」にも「ニュールンベルグ裁判」にも出演はした。「ジャスト・ア・ジゴロ」はカメオで「MARLENE/マレーネ」はナレーションで名前を出した。しかしディートリッヒの、いかにもディートリッヒらしい女優としての仕事は本作が最後だったといっていい。最高のビッチだった。

 

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