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特集「ザ・クラシックス」

2017年2月19日

特集「ザ・クラシックス6」③ 
ジェイド(1995年 劇場未公開)

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監督 ウィリアム・フリードキン

出演 デヴィッド・カールソン/リンダ・フィオレンティーノ

シネマ365日 No.2031

幻想の翡翠

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まとまりが悪いですね。リンダ・フィオレンティーノがヒロイン役と知ってDVDで見たのだけど、「甘い毒」の比較にならなかったわ。監督はウィリアム・フリードキンよ。期待ハズレの切れ味の鈍さ。書き方をどう変えようとつまらんものはつまらないわね。サスペンス映画あるいはミステリー映画として、それなりに気をもたせる出だしはけっこう、いいのよ。富豪が惨殺される猟奇的殺人事件発生。パーティにいたコレリ検事が急遽呼び出され、現場に駆けつけると、被害者の大富豪は斧でザクロのように頭を破られた惨殺死体で横たわっていた。無残な殺し方からコレリは「怨恨」だと判断する。コレリの大学時代の同窓で今は弁護士のマット(チャズ・パルミテリ)と彼の妻カトリーナ(リンダ・フィオレンティーノ)が事件に絡んでくる。コレリは未だにカトリーナを愛していて独身だ。現場検証でコレリは州知事が娼婦を相手に痴態の限りを尽くしている写真を手に入れる。写真を持って事件と知事の関わりを聞き込みに行ったコレリは、捜査から手を引けと警告を受けるが無視して続け、スキャンダルを恐れた知事から様々な妨害を受ける▼娼婦の線を追跡したコレリは、パトリス(アンジー・エバーハート)という娼婦から、ジェイドという名前を知事から聞いたことを教える。ジェイドとは翡翠、玉あるいはビッチ(淫婦)のダブルミーニング。本作ではもちろん後者だ。ジェイドとは誰。これが映画を貫く一本の線。富豪のコレクションには銀色の容器の中に陰毛がしまわれていた。富豪は政財界の大物に高級娼婦を斡旋する売春ビジネスの元締めだった。ジェイドとは美しいばかりでなく、性技に長け、男たちは有頂天に達する。富豪は別荘を隠れ家にして客たちを呼び、その部屋には隠しカメラまでしつらえ、要人とジェイドの一部始終を収めてまでいた▼動機は怨恨か脅迫による復讐とコレリは絞った。隠すほどでもなし、一気にネタバレに行くと、富豪を殺したのは、妻の浮気をネタに富豪に脅迫されたマットだ。知事は写真が出回るのを恐れ、関連する証人を手下に殺させ、たった一人の生き残りだったパトリスも殺されてしまった。じゃ残る女優は誰かとなるとリンダしかいないじゃないですか。そういうわけで、この映画、ミステリーとしてはあっさり底を割るのよ。それにカーチェイスの長々と退屈なこと。コレリがどう見てもアクション向きの風貌でも体型でもなく、ヒヨコのように細い首で、いくら銃をぶっ放そうと当たるとも思えない。カーアクションなんてさせるほうがかわいそうだろうに、どこでフリードキンはトチ狂ってしまったのだろう。名作「フレンチコネクション」が嘘みたい。やがて映画はゆるゆると、富豪の殺害現場からカトリーナの指紋が検出されたこと、隠し撮りビデオに映っていたジェイドは間違いなくカトリーナであったことが判明していく。殺人犯としては知事の部下二人が現行犯で逮捕された。マットは、知事は自分が殺したとコレリに告げるが証拠はない。コレリは二度とカトリーナに手をださないことを条件にネガを知事に渡す▼カトリーナは殺人には無関係だったけど、なあに、この女性の本性は「ミスター・グッドバーを探して」だったわけ? カトリーナの本職は心理学専門家。講演であちこち引っ張りダコ、著作はベストセラーになる人気者だ。夫のマットが浮気ばかりして妻は孤独、つい闇の世界にのめり込んだという設定だ。理屈の上ではつじつまのつく説明かもしれないが、リンダのムードには似合いませんでした。夫が久しぶりに自分を求めて激しく愛し合った後、カトリーナはむなしくなって涙を流す。マットって、毛虫みたいな眉毛をしたボテ腹の弁護士が、そんないい男なのだろうか。こういうことは好き好きだから口をつぐむが、問題は「ジェイド」という女の設定とかけ離れていやしませんか、と言いたいのだ。夫が遠ざかったくらいで泣く女がジェイドとは思いがたい。「ジェイド」というキーワードにはどこまでも隠微な、しかも強烈な悪がつきまとう。翡翠とはダイヤモンドのように輝かしい光を放たず、逆に光を吸い込み、果てしなく凝縮したような宝石だ。緑であり、翠であり、碧なのだ。「タイタニック」で用いられた「碧洋のハート」の暗い深い「碧」を思い出してほしい。そんな「ジェイドの女」を連想していくと、「頽廃美」「耽溺」「拷問が導く耽美的サディズム」「禍々しいエロス」といったゴシック・イメージに行き着いてしまうのだ。ダイヤモンドが健康な宝石美(そういうものがあるとして)とすれば、ジェイドは「隠微で妖しい、魔性の石」である。少なくともそう呼ばれた女が、涙をこらえ泣いている図は彼女にふさわしいものと思いがたい。画家でいうなら、光と愛に溢れる印象派から遠く離れ、なるべく近づきたくなく、関わりたくもない、まして人への贈り物にしたり、自分の部屋にかけておくなどめっそうもない、いかれた画家、ステーシー・ランドのセクシャル・デーモン、エリザベス・マグラスの豊饒なグロテスクに近い。しかも彼女らは嬉々として異端の絵を描き続け、糾弾と排斥を勲章とし、さらに言うなら(これが肝心なのだけど)卓抜した技法で、心の奥底に潜み夜にしか目をさまさない欲望を白日に暴きだし、美しいとさえうっかり言ってしまいそうになるダークファンタジーの世界を表出しているのだ。つまりジェイドとは幻想の暗い翡翠といいたかっただけ。ごめんね。長々引っ張って。

 

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