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特集「ザ・クラシックス」

2017年2月21日

特集「ザ・クラシックス6」⑤ 
グロリアの憂鬱(1984年 社会派映画)

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監督 ペドロ・アルモドバル

出演 カルメン・マウラ

シネマ365日 No.2033

おぞましい、でも力強い

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いつもシリアスな内容に、コメディとドタバタの衣装をまとわせるペドロ・アルモドバル、34歳の作品。主演のカルメン・マウラがいいですね。アルモドバルが女性の味方だとわかっているから、最後まで安心してみておれたけど、カルメンが演じる主婦グロリアの悲劇ときたら、普通ならとっくにおかしくなっている。息子の歯の治療費も捻出できない貧しい暮らし、夫のアントニオはしがないタクシー運転手。家に帰れば「俺は一日働いているんだ、ビールを持ってこい、ワインはないのか」と威張り散らす。息子が二人、長男(中学生くらい)は麻薬の密売人、次男はゲイ。嫌味をいい、働き詰めのグロリアをねぎらいもせず、息子の肩ばかり持つ陰気くさい姑。剣道の道場で掃除婦をするグロリアは、シャワー室で情事に至るが、それすら彼女の人生に何の刺激も感激ももたらさない。彼女は擦り切れ、くたびれきって、潤いも美しさも枯れてしまった▼隣人のクリスタルは娼婦だ。客を部屋に引き込み、グロリアに助けを求めてきた。「そばにいて見ていてくれない? でないと興奮しないというのよ」。クリスタルは気のいい女だ。薄情な夫や姑、頼りにならない息子たちより、よほど妹みたいに思える。客とクリスタルの行為のそばで、グロリアはちょこんとベッドの端に座って見ていてあげる。次男ミゲルをやっと歯医者に連れて行った。歯科医が彼を気に入り、養子にしたいというので「うちにいるよりいい」グロリアは未練もなく決める。クリスタルが紹介する作家の家に掃除婦で行った。「私も妻も作家だ。散らかっているけど」妻が来て「掃除婦?」「お前のために雇ったのだ」「誰が払うの」「整形用のお金があるだろう」。グロリアの前で口論。夫は妻に「彼女に非礼を詫びてこい」。妻は「パトリシアよ」と名乗り、グロリアに笑顔を見せる。お金の催促をするグロリアに夫は「金より大事なものがある。品格だ」「品格でお腹がふくれる? 先にお金を頂戴」。その夫はある日台所で死んでいた。警察は調査に来るが、事実はさっぱりわからない。殺人かもしれないし、そうでないかもしれない▼アルモドバル得意のミステリーが絡む。姑は息子が死んで大都会マドリッドにいたくない、田舎に帰りたいという。おばあちゃん思いの長男が一緒に行くことになった。長距離バスに乗り込むとき、長男はグロリアに「クスリ、やめろよ」という。精神安定剤に頼っているグロリアは、いつの間にか依存症になっていたのだ。「このお金」と息子はかなりの金額を母親に渡した。「貯めていた」そう言ってバスに乗った。バスが出て、グロリアは一人になった部屋に戻った。子供を怒鳴りつけ、身なりも構わず、髪はボサボサ、ありとあらゆるトラブルにどっぷり浸かってきた。部屋は空っぽになり、文句を言う亭主も姑もいなくなった。虚脱したようにグロリアはベランダに出て下を見下ろす。飛び降りるのか。それくらいわたしたちは、いつの間にか、グロリアの味方になってしまっている。おぞましく報われない日常、やさしい言葉の一言もない家族…▼ベランダから広場を見下ろすグロリアは、ふと自分を見上げている少年に気づき、部屋を走り出る。歯医者の養子に行った次男だった。「どうしたの、ミゲル」「退屈だから帰ってきたのさ。父さんは」「台所でこけて、首の骨を折って死んじゃった」「僕が帰ってきたよ」「母さんは寂しかったよ。よく帰ってきたね」。この映画がアルモドバルの傑作「ボルベール帰郷」の下地を作っていることは明らかだろう。強い母、見守る母、慈しむ母、全てを生み出す母胎である母。世界中の母親への愛と感謝。アルモドバルはカルメンを絶賛してこう言っている。「この主婦のはまっている状況をコメディにするのは簡単だが、彼女はグロリアを茶化す誘惑に打ち勝った。グロリアは一貫して悲劇的な女性なのだ。カルメンはグロリアの本質を見誤っていないし、演技を踏み外しもしなかった」。ラスト、カメラはぐんぐん引いていき、グロリアと息子が住む集合住宅の全景を映し、さらに引いて、蟻塚が密集したような古い住宅群の向こうに、巨大都市マドリッドが広がっている光景を視界に入れる。そこにあるのは「欲望だ」とアルモドバルは言いたそうだ。喜びとか、悲しみとか、嘆きとか名付けることだけで片付けられない、人が生産し消耗する全てのエネルギーだ。グロリアもミゲルも、人生の濁流の一粒の泡のように生きていく。でも、人にとって、生きるとはそれ以外なにがあるだろう。監督は強い肯定を持ってそう描いている。

 

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