女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss
  • ブックマーク

シネマ365日

2017年3月4日

特集「タイムレスな女優」④ 
夏時間の庭(2009年 家族映画)

Pocket
LINEで送る

監督 オリヴィエ・アサイヤス

出演 ジュリエット・ビノシュ/エディット・スコブ

シネマ365日 No.2044

惜 別

タイムレスな女優

この度のタイムレスな女優は、この人、エディット・スコブです。本作と「ホーリー・モーターズ」で二度、セザール賞除染女優賞にノミネートされました。しかしそんなことはむしろ(どうでもいい!)と思わせてくれるのが、デビュー作「顔のない眼」です。彼女がマスクをとってスクリーンに顔を見せるのはたった10分あるなしですが、まあこれがこの世に存在する女性かと息を呑みました。一言でいうならピュアなのです。イメージの似ている女優といえば、オードリー・ヘプバーンなんかがそうでしょうけど、スコブに比べたらまだ人間くさいです▼「顔のない眼」がスコブ23歳、本作が71歳のとき。48年を閲してさらにシャープになっています。タイムレスとは妙な若作りの人工美じゃないと思うのです。その人の上に雨も嵐も降り注いだのだけど、過酷な現実に損なわれなかっただけじゃなく、感性はより磨き抜かれ、仕事上のスキルも人間味も、深く豊かになっている人のことよ。アサイヤス監督の作風にスコブはぴったりだわ。持ち味がコテコテではなく、調子よすぎて上滑りもせず、セリフは低い声でもよく聞きとれ、立ち居振る舞いがエレガントです。相変わらず細いわ〜。彼女が庭に現れるシーンは、音もなく鶴が舞い降りたようね。顔立ちは23歳のときから変わりません。顔というのは美醜の前に顔相を言うべきだわ。人に快いものを与える顔と、そうでない顔がある。サルトルが「顔の持つ人間の弱さ」といっているけど、顔ってその人の精神と人格の縮図よ。なんでも表しちゃうのよ。スコブはとても綺麗な人で、若いときから彼女の容貌上の特徴は鼻だと思っていました。眼? もちろん明眸よ。でもね、繊細な顔の中で、中央のがっしりした鼻筋が、不釣り合いなほど力強かった。今でもそう。横顔なんてガシッとした鼻筋が鷹や鷲のような、猛禽類の印象を与える。薄刃のナイフみたいな71歳なんて信じられない。コンサート会場で、ヴァージニア・ウルフを見かけた知人が、椅子に背をもたせているウルフの横顔を「鷹のようだ」と書いていたけど、スコブを見て思い当たるわ▼母親エレーヌ(エディット・スコブ)が死んで、家を維持しようという長男、ニューヨーク住まいの長女(ジュリエット・ビノシュ)と北京で暮らすことになる次男は家売却を主張する。特に次男は金がいるから早く売って分前をくれという。長男はそんな弟妹に苛立つ。印象派の画家だった大叔父の収集した絵画、インテリア、家具などはオルセー美術館が欲しがるほどの名品揃いだ。エレーヌは広大な庭のある風雅な邸宅にメイドのエロイーズと住んでいた。エロイーズは長年務める誠実な黒人の女性で、女主人とこの家をこよなく愛していた。自分が死んだら家も絵も子供たちが売ってくれたらよい。ただし莫大な相続税がかかるから、家財は美術館に寄付するのが一番いいだろう…エレーヌは詳細なリストを作っていた▼息子や娘たちが75歳の誕生日を祝いに実家に戻ってきたとき。プレゼントや孫の走り歩きで賑やかだった庭は、彼らが義理は果たしたとばかり、先を争って帰路についたあと静まりかえった。夕暮れの蒼い部屋にエレーヌはいる。エロイーズがドアから顔を出し「電気をつけますか」「このままでいいわ」「サクランボを忘れて帰りました」「みんな、帰りのことで頭がいっぱいだから。私の死後について話したの。彼らには自分の人生がある。私と共に消えていく思い出や秘密。誰も気にかけない昔話。でも物は残る。あの子たちの重荷にはしたくな い」…▼家は売却され遺品はオルセー美術館に寄贈された。コロー、ギュスタヴ・モロー、ルドン、アール・ヌーボーの家具デザイナー、ルイ・マジョレルの書物机。修復されたドガの踊り子。長男はそれらを美術館の展示品としてみたが、家の書斎や居間にあったときの生命力を感じなかった。母や大叔父の実用品だった机や花器はその用を終え、これからは美術品として別な命を与えられる。ある日エロイーズはからっぽになった屋敷を訪れ部屋を眺め、エレーヌの墓に花を捧げた。長男の娘が友だちを呼んで庭でお別れパーティを開き、広い庭のある場所にボーイフレンドを連れて行った。「おばあちゃんとよく来た場所よ。果物を摘んだり、お話を聞いたり。おじさんの絵に少女が果物を摘む絵があるの。ここから描いたのね。リヨンの収集家が持っているわ。一度見に行ったわ。おばあちゃんが将来わたしの子供も連れておいでって。おばあちゃんが死んで家も売られる…」孫娘が喉を詰まらせる。彼女の胸に込み上がってきたものは、おそらくこの子が人生で初めて知る惜別の哀しみだっただろう。

 

Pocket
LINEで送る