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シネマ365日

2017年3月8日

特集「タイムレスな女優」⑧ 
間諜X27(下)(1931年 社会派映画)

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監督 ジョセフ・フォン・スタンバーグ

出演 マレーネ・ディートリッヒ

シネマ365日 No.2048

時を超えて 

タイムレスな女優

ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督が脚本にも加わっています。マレーネ・ディートリッヒ扮するヒロインは、陸軍大尉だった夫を戦争で亡くし、今は街の女に身を落としている。時代は第一次世界大戦中の古都ウィーンだ。娼婦の一人が自殺し、亡骸が運び出される。娼婦仲間が世を儚むと「死ぬのはちっとも怖くないわ」と小さく吐き捨てたのがディートリッヒだ。小耳に挟んだ秘密警察の幹部が、連合軍のスパイをしろと持ちかけてきた。彼女は間諜X27として諜報活動に入る。情報局で、ディートリッヒに礼儀正しく、手をとってキスした若い士官を彼女は覚えていた。このシーンがラストで生きてきます。はっきりいうと、本作はディートリッヒのワンマンショーです。ロシア軍の将校にオスカー俳優ヴィクター・マクラグレンが扮していますが、ドン柄ばかりでかく、笑っていなくてもニタニタしているような顔なので、しまらないことおびただしい。彼がソ連を牛耳っている男だと聞かされたところで(??)ですし、X27に証拠をつかまれ、自殺するスパイも、あまりのメタボ腹に、これほど鍛えていない肉体で軍人が務まるのだろうか…幾つか「はてな」はあるのですが、ディートリッヒが豪快に場面をさらっていきます▼例えば、彼女がソ連の将校宿舎の掃除婦に扮した変装。見事ですね〜。どうしてもディートリッヒわからなかった。目をこらすと、わずかに見覚えのあるタレ目が…そういえば変装術はディートリッヒの十八番でした。「情婦」「黒い罠」で見せた変装もノリノリでしたし、「黒い罠」なんか「オーソンだってわたしとわからなかった」とご機嫌だった。もちろん監督のオーソン・ウェルズのことです。梯子に登りお尻を突き出してゴシゴシ掃除している掃除婦を、将校が口説こうと呼び止める。ノロノロと降りてきて、田舎娘丸出しの喋り方で「イヤイヤ」するカマトトぶり。ディートリッヒが芸達者を見せたかと思うと、恋人—この恋人が例のドン柄将校、ラブシーンがなかったのがせめてもの救いですが、彼を逃したために反逆罪に問われたX27は死刑と決まります▼死ぬ前に希望はないかと牧師が聞きにくる。X27は「これから死の旅に出るのよ。ひとりきりで。死への恐れはないわ。心ときめく冒険だわ。あとどのくらい?」「10時間ほど」「好きな制服を着て死にたいの。手を貸してくださる?」「どんな?」「国に仕える前に男性を楽しませていた頃の服よ」「用意しましょう」「それからピアノを弾きたいの。調律してあるものを」。牧師は約束します。娼婦として街に立っていたときの服を着て、ディートリッヒが「ドナウ河のさざ波」を弾きます。監督は真横から映します。しっかり腕を伸ばし、ディートリッヒが自分で弾く。上手下手はともかく、むちゃくちゃダイナミックです。X27はピアノが好きだという設定で、敵方の情報を「ドナウ河のさざ波」の楽譜に巧みに書き込み、誰が見ても普通の楽譜ですが、彼女が弾くと書き込んだ情報がわかるという仕組みが面白かった▼銃殺の時が来た。「鏡はない?」と訊くと若い兵士はサーベルを抜き鏡の代わりにした。この兵士が、情報局で娼婦だった彼女を淑女として扱った兵士です。目隠しを、といった彼に「いらない」と断り、スカーフで兵士の涙を拭ってやる。彼は銃を捨て「人殺しなんかたくさんだ」と叫ぶ。とりまく軍人たちが兵士を連れ出す間に、ディートリッヒは緩んだ靴下を直し、さっとルージュを引く。銃声が響き、雪を染めて倒れている遺体に、将校が敬礼して去る。ディートリッヒは終始、能面みたいに冷たい。それがどういう角度から撮るからなのか、美しいと言うより鋭く悽愴に見える。あの半眼の、眠たい退屈そうな目はどこへ消えたのだろう。後年のディートリッヒは、度重なる脚の手術で映画の撮影を耐えるのは難しくなっても、ステージに立つことで仕事を続けました。娘のマリアはステージに立つ母を、一本の剣のようだったと評しています。舞台は映画より気兼ねしないでいいから楽しいと、最後までワンマンショーを貫き、世を去りました。映画賞とは無縁でした。出演した映画にろくなものはないと断言しています。本音でもありました。批評眼は厳しく正確で、ディートリッヒが唯一褒めていたのはキャサリン・ヘプバーンでした。ディートリッヒの凄さは演技ではなく、タイムレスという時を超えた存在になったことです。オスカーを取って数年で消える女優が何人いるでしょうか。今見ても痛快なほど傑出した女優だと思います。

 

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