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特集「頑張るドイツ映画と女性監督」

2017年4月26日

特集「頑張るドイツ映画と女性監督」④ 
誰でもない女(下)(2012年 事実に基づく映画)

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監督 ゲオルク・マース

出演 ユリアーネ・ケーラー/リヴ・ウルマン

シネマ365日 No.2097

共に生きた日々

ドイツ女性監督

カトリネが「生命の泉」の証人になることを嫌がっているのは、彼女が東独のスパイだったからです。本名はヴェラ・ブリュンド。両親は爆撃で死に、養護施設で大きくなった。なぜスパイになったかについては「みんな、そうだった。男たちは服や食事で気を引いて、大人の世界に誘うの。愛に飢えた子はそれが愛情だと勘違いする」と。スパイのトレーニングを受け、海軍に努めた。であった士官が夫だった。結婚したいと上司にいうと「諜報活動を続けるならよい」。裁判となると一部始終が明るみに出る。彼女は今も諜報部員なのである。弁護士は手に入れたビデオで、本物のカトリネが、バルト海岸に漂着し保護されていた過去のニュースを知った。知らない若い女性が「カトリネ」と名乗っているビデオを見たオーゼは「お前と同じ名前のこの人は誰なの?」と不思議そうに聞いた。もはや隠しておけない。カトリネは偽名で本名はヴェラだと打ち明ける。一家は沈黙。母親は部屋に閉じこもり、娘はパパに母親は私たちを欺いていたのだと泣く。父親は「でも君の母親だ」と冷静に対応する▼監督は裁判そのものに全然重点を置いていません。弁護士は訴訟だ、訴訟だというが、どこまで被害者を「弁護」するつもりなのか、娘は「ママを犯罪者扱いしている」と怒る。この裁判は1999年に実際に起きた裁判だった。訴訟は却下されたが、2002年国会で公式の謝罪がなされ、2004年迫害の度合いによって補償されることが決まった。しかしながら、映画で見る限り、諜報だ、諜報だと極秘めいていうほどの機密情報が動いていたとは思えない。一主婦となったカトリネが、夫が海軍士官とはいえ、社会が転覆するような重要な軍事・政治の機密を握れるものではない▼たとえカトリネでなくても、忌まわしい過去を逐一ほじくりまわされるのは誰だってごめんである。弁護士は社会正義に燃えているのだろうが、小さな親切大きなお世話の塊みたいに思えてくる。おかげで本物のカトリネは秘密警察に殺害され、森に埋められたことが明らかになる。オーゼにすれば悪夢だ。ヴェラは「わたしのせいで、あなたの本当の娘は殺されたの」。秘密警察はヴェラに接近し、自分たちに危険が及ばないうちに処理しようとしてきた「愛人がいると偽ってキューバに飛べ。君とは二度と接触しない」強引にパスポートと飛行機のチケットを渡す。彼らのやり口を知っているヴェラは、空港に行き搭乗寸前Uターンして家に戻る。奴らは必ず殺しにくるから警察の保護を受けるよう夫にいい、自分は今から自首するという。お互いは見つめあい「ありがとう、あなた」とヴェラ。「家族の愛を忘れないわ」「でも偽りの家族だった」と夫。「いいえ、偽りじゃない」「では何が真実だ?」「共に生きた日々が」。監督が描きたかったのは裁判でも補償でもスパイでもなく、これなのです。戦争に翻弄され、生き延びるための選択として諜報部員になった。深い理由などない。男たちは美味しい食事に誘ってくれるし、綺麗な服も買えた。両親のいない飢えた少女に目の前の楽しさを選ぶことに、何を考える必要があったろうか▼ノルウェーの情報を集めるためにヴェラは結婚し、そこで幸福な家庭を得た。時代は東西ドイツの統合に進む。時代遅れの諜報にどんな価値があるのか。しかしナチの罪状が世界規模で問われはじめ、保身に走る元機関の幹部らは、たいしたことも知らなかった女子諜報員も野放しにはしない。ヴェラは警察に走る途中、ブレーキに細工され事故で殺される。北欧の荒々しい冬の海辺、重苦しい灰色の空、寒々しい岩ばかりの砂浜。ヴェラの心の中にある「共に生きた日々」を噛みしめることしか、わたしたちには許されない。

 

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