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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2017年5月10日

特集 LGBT—映画に見るゲイ210 
リリーのすべて(下)(2016年 ゲイ映画)

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監督 トム・フーバー

出演 エディ・レッドメイン/アリシア・ヴィキャンデル/アンバー・ハード/ベン・ウィショー

シネマ365日 No.2111

リリーの妻のすべて

特集「LGBT—映画に見るゲイ」

アイナー(エディ・レッドメイン)の中でリリーの人格が次第に強くなってきます。ゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)は女装して嬉々として外出する夫に不安と焦燥を募らせます。ある日夫がゲイの友人ヘンリク(ベン・ウィショー)と楽しげに話しているのを見かける。ゲルダの心配を察したアイナーは「リリーは男とそれ以上のことはしない」と釈明します。彼の中でリリーはもはや実在する女性でした。放射線治療を受けると「リリーが傷ついた」とゲルダに訴える。「彼女はどこから来るの?」「僕の中から」。最初は夫にドレスを着せ、モデルの代わりにしたゲルダですが、それが夫の中に眠る「女」を目覚めさせた。夫をモデルとしてゲルダの描く肖像画「リリー」の、陰翳の濃い美しさは、たちまち画商の目をとらえ、ゲルダは画家としてパリの画壇にデビューします。故郷デンマークでは成功した画家だったアイナーは、妻の助手としてモデルになっている。「絵を描けば?」と勧める妻に「これで十分だよ」夫は完全にリリーにのめり込んでいく▼「わたしたちは夫婦なのよ」とゲルダは言います。夫の返事は「あなたとアイナーはね」「夫を呼び戻して、リリー。彼を抱きしめたり、話をしたり、したいの。彼が必要なの」「できないの」「せめて努力して」「ごめんなさい」。でもゲルダが帰宅すると男の服装でアイナーが居間にいた。そしていってくれるのだ。「君が望むことを僕は与えられない。いつまで関係が保つのか」ゲルダは力なく「そうね」というしかない。「毎朝今日こそは一日中アイナーでいようと思う。でも彼は遠い。時々アイナーを殺したくなる。でもアイナーを殺すのはリリーを殺すことだから」。ヴァルネクロス教授はアイナーに訊いた。「今日までのことから考えて自分をどう思います?」「結論は一つです。自分を女だと思います」。ゲルダもいった「わたしもそう思います」。教授は「あなたは正しい。あなたのような男性を手術によって男性にしようとしたが、怖気ついて逃げた」「わたしは逃げません」「まだ一度も手術は行われたことがありません。手術は2回。1回目は男性器の切除。2回目は体力の回復を待ち、膣を形成する。二度と男性に戻れません。感染症や合併症など失敗する危険性も高い」「唯一の希望です」教授はゲルダに向き直り「奥さん、ご主人の力になります。でもご主人はご主人でなくなります」▼教授の病院はドレスデンにある。出発の日、駅に見送りに来た妻と幼友達のハンスに、夫は笑顔で「君はアイナーを愛している。僕は彼を消しに行くんだ」妻は微笑してスカーフを首に巻いてやる。もうこのときは、アイナーの頭は女になることで占められ、妻の気持ちを忖度することなど忘れているみたいですね。自分の愛する「アイナーを消しに行く」などといわれたら、妻はどう返事すればいいのでしょう。普通なら怒るわよ。手術後の高熱でアイナーが息も絶え絶えになった。アイナーは「来るな、と言っていたの」「行くべきだよ」とハンス。病室に入ったゲルダは思わず駆け寄り「わたしよ、もう大丈夫よ、わたしがついている、リリー!」▼回復期に入ったアイナー、いやもはやリリーは、妻にいう。「あなたが描くわたしの姿に少しずつ近づくわ。あなたがわたしを美しくした、そして強くした。素晴らしい力だわ」。泣けるわ。でもちょっと考えてみる。水を差すようで悪いのですけど、こういわれてゲルダは嬉しかったでしょうか。リリーの純粋な喜びはわかりますよ、それはそれで祝福するけど、ゲルダにしたら夫は奪われたわけでしょう。手放しで一緒に喜ぶには失ったものが大きい。でも愛とは相手の全てを受け容れるのね。「結婚したいの」とリリー。ゲルダは「???」ちぐはぐ感がつきまとい、割り切れていない。「結婚? 最近まで私たち、結婚していたわ」「あなたが結婚していたのは、アイナーよ」「そうよ、アイナーよ。ここにいる、あなたとわたしなのよ」「アイナーは死んだのよ。受け容れないと。あなたに面倒見てもらったけど、わたしは自分の人生を生きるわ。あなたも同じよ」おいおい、ちょっと待て、なんて言い草だよ。男の身勝手はちゃんと付けたままなのかよ。ゲイのヘンリクに、リリーはなんでも話しているのに、なぜ夫は自分との間によそよそしい壁をつくってしまうのか、ゲルダは情けなくなる▼リリーは2回目の手術を受けると決める。「早すぎるわ。まだ虚弱だわ」「教授はやれるといっている。ゲルダ、来てくれる?」ゲルダは行く。地獄まででも行くだろう。夫でも妻でもない、リリーというひとりの人間を愛しているのだ。夫が心の奥に秘めていた「リリー」への思いを、ゲルダだけは気づいていた。だからこそ医師の前できっぱりと「わたしもそう思います」—夫は女だと思いますと断言したではないか。教授は念を押した。「最初より大変な、複雑な手術になります」リリー「教授のような夫がほしい。いつか子供も持ちたい」彼の心から、ゲルダは消えてしまったみたいじゃない? 術後、危ぶまれた症状が襲う。多量の出血でリリーは危篤に陥る。強い麻酔で意識が寸断するなか、リリーは枕元にいるゲルダを認める。「わたしよ、じっとして」ゲルダの励ましに持ち直したリリーが頼む。「外に出られない?」「だめよ「休まなくちゃ」「お願い」ゲルダは車椅子を押して庭に出る。リリーが話しかける。「もう何も恐れなくていい」「そうね」「昨夜夢を見たの。わたしは赤ちゃんで、母の腕に抱かれている。母はわたしを見て、リリーと呼んでいる」…リリーの中では、ゲルダは母に変容したのでしょうか? まるでそう見たいね。トランスジェンダーに取り組んだ傑作だったことは認めるわ。でもタイトルは「リリーの妻のすべて」のほうが妥当だったと思う。

 

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