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特集 LGBTー映画にみるゲイ

2017年5月12日

特集 LGBT—映画に見るゲイ212 
ぼくの大切な友だち(2008年 ゲイ映画)

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監督 パトリス・ルコント

出演 ダニエル・オートゥイユ/ダニー・ブーン/ジュリー・ガイエ

シネマ365日 No.2113

パリジェンヌのゲイ

特集「LGBT—映画に見るゲイ」

ズバリ、ゲイ映画とはいいませんが、監督のパトリス・ルコントがゲイについてサラサラと叙述したシーンと、それを演じた女優ジュリー・ガイエが、この映画の重要な部分を作っています。本作は一言でいうと「友情とは何か」。パトリスは「信頼だ」と断言しました。ならばその信頼は、人生の、あるいは日常のどういうシーンで現れるのか、例えばこうだよ、と撮った映画がこれですね。友情というよりパートナーと置き換えたほうが適切です。男と男も、女と女も、男と女も、ベースにある愛に「友情」という「信頼」なくして成り立たない、パトリスはそれを彼独特のユーモアと軽さで映していきます。ライト感覚は彼の生来の持ち味でして、深刻になる、荘厳になる、厳格になる、そういう状態を全力で回避しようとしますが、それは彼の映画が軽いということにはならないのです。さりげなく洒脱で深い。パトリスとは時に愛が残酷で、時に生きることは軽薄で、生活とは絶望的なまでに平凡極まるのか、そう思わせながら、愛と人生を信じさせる、クソ腹の立つ癪な男なのです(笑)▼嫌われ者で友だちが一人もいないのに、自分は好かれていると勘違いしている傲慢な美術商フランソワ(ダニエル・オートゥイユ)は、共同経営者のカトリーヌ(ジュリー・ガイエ)から「あなたに親友などいない。賭けてもいい」「いるさ。ここにいる、みんながそうさ」。ここに、とは彼の誕生日のパーティの席だったからです。「親友にみんな、なんかいない。だれなの、それは。友情の証を見せて」とカトリーヌは突っ込む。「じゃ連れてくるよ」とフランシス。「10日以内よ。あなたが勝てば20万フランのギリシャの壺はあなたのもの。わたしが勝てばいただきよ」。フランソワは早速学生時代の旧友を当たる。「君と僕は仲がよかったね」「お前と? 消えろ、クソ男、お前はクラス中の嫌われ者だったのだ」▼なんでこうなる。カトリーヌは同伴した女性は誰かとフランソワに聞かれ「マリアンヌよ。わたしの彼女よ」「彼女?」「恋人よ。紹介したでしょ」「そうだった」「人のことに全然、関心がないのね」つまり、これなのですね、彼がバカにされるのは。人間をビジネスでしか見ない、あとは知らん顔。フランソワは「友だちリスト」を作って総当たりに当たるがみな、彼の友だちになることなど「お断り」である。最後にタクシーの運転手で、自分に気持ちよく接してくれたブリュノ(ダニー・ブーレー)を思い出す。彼はクイズが好きで、いつか「クイズ・ミリオネア」に出場して優勝するのが夢だ。でも極度のあがり症でなかなか実力を出し切れない。フランソワはブリュノに、人に好かれるノウハウを教えてもらうが、付け焼き刃で何ができるわけでもない。究極の策として「親友とは困っているときに、助けてくれる相手だ」と定義したフランソワは、資金繰りの手当として、ギリシャの壺が盗難にあったことにし、保険金詐欺を目論み、ブリュノに壺を盗み出してくれと頼んだ▼ブリュノは自分の友情がフランソワの賭けの対象だったことに怒り、壺をブチ割る。フランソワの娘まで「サイテーの男ね」と父を罵倒する。カトリーヌはきっぱり「あなたは初めから負けているの、フランソワ。こんな賭けをするのは親友がいない証拠よ。今までも、これからも」。フランソワは経営をカトリーヌに一任し、自分は口を出さない条件で銀行の融資を取り付け、資金繰りを乗り越える。カトリーヌは銀行の差し押さえを交わすために壺のコピーを作っていた。壺に描かれている絵柄は「イーリアス」の伝説の友情「アキレスとパトロクルス」だ。自分にこの壺を持つ資格はないとうなだれるフランシスに「友情の証などないわ。誰かがいっていたわ。愛はない、あるのは愛の証だけだと。わたしは逆だと思うの。愛の証などない、愛があるだけ。悲しかったわ、あなたの無関心が。あなたと友だちになりたかったのに」。ブリュノは念願のクイズで優勝、100万ドルの大金持ちになったが…▼パトリスらしい小技を効かせてハラハラさせた後、収まるところに収める。出来すぎかもしれませんが後味はいい。パトリスがなぜ自分の映画で同性愛を取り上げたか、簡略に述べています。「同性愛はフランスで受け入れられるようになった。恥ずかしいとか、恥だと見なす風潮はなくなった。その一方で、映画ではよくあることだが、同性愛は誇張されてきた。女っぽい男性とか、男っぽい女性とかね。そんなこともあるだろうがわたしはカトリーヌという人物が好きだ。ジュリー・ガイエがカトリーヌの人物像について訊いたとき、同性愛ということは忘れて演じろといった。ひとりの女性としてね。同性愛を説明する必要はなかった」パトリスのアドバイスを受けたジュリー・ガイエの自然体で、スマートなゲイのパリジェンヌがとても素敵でした。

 

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