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特集「クラシック音楽の名場面」

2017年6月3日

特集「クラシック音楽の名場面」③ 
明日に処刑を(1976年 事実に基づく映画)

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監督 マーティン・スコセッシ

出演 バーバラ・ハーシー/デイヴィッド・キャラダイン

シネマ365日 No.2135

モーツアルト「トルコ行進曲」

01-05_クラシック音楽

マーティン・スコセッシ30歳、「タクシー・ドライバー」に先立つこと4年の映画です。スコセッシは、シチリア系移民の家に生まれ、マフィアの支配するイタリア社会で育ちました。初期の作品ですが、社会の矛盾と不寛容と無理解を説明しようとせず、投げ出すような手法がすでに明らかです。攻撃的でいながらどこかやるせない、1930年代の「うまくいかない青春」が、哀愁のハモニカの調べとともに描かれます。ところが、いきなり破調をかますのが、何あろう、モーツアルトの「ピアノソナタ第11番第3楽章」いわゆる「トルコ行進曲」です。ヒロイン、バーサ(バーバラ・ハーシー)が流れ流れてニューオリンズに、売春婦として娼館に身を寄せる。何人もの娼婦がソファやイスに腰掛け、客待ち顔でタバコを吸う…▼一台のボロピアノがあり、娼婦の一人がいきなり弾き始める。それが「トルコ行進曲」なのです。ショッキングでした。モーツアルト特有の、叙情的かつシャープな旋律、しかも「行進曲」の名の通り、叩きつけるようなテンポの連音符。スコセッシはなんでこの曲を選んだのか。映画が終わってもいちばんよく覚えていたシーンでした。では誰の、どんな曲だったらしっくりきたのか。バッハか、ベートーベンか、ロックか、フォークか、想像してみたのですが「トルコ行進曲」に度肝を抜かれ、他の旋律が当てはまらない。結局スコセッシが意図したー意図したと言えるかどうかわかりませんが、彼がスクリーンに出したかったのはとどのつまり最高に「場違い」で、その場に「反逆する、激しくしかも優美な音楽」だったのではないかと思いました。いうなれば「スコセッシの反骨」をトルコ行進曲は代弁していたのです▼舞台は1930年代、不況のアメリカです。アーカンサスの貧しい農夫の娘バーサは父を事故で亡くし貨車に乗って町から町へ流れていた。彼らはホーボーと呼ばれる浮浪者だった。バーサはアナーキストのビル(デイヴィッド・キャラダイン)と知り合い、貨車の中で一夜を共にし、ビルは翌朝5ドル札を置いて出て行った。バーサが次に知り合ったのはイカサマ賭博師のレークだ。コンビを組んだバーサはイカサマを続けているうちにビルに再会する。ビルとレークが保安官に逮捕され投獄、監獄には黒人のヴォンが捉えられていた。人種差別は激しく反抗的な囚人は問答無用で射殺。線路工事に駆り出されたビル、レーク、ヴォンはバーサの手引きで脱獄、4人組の列車強盗に転身し、セレブの宝石やカネを巻き上げる。業を煮やした知事がいかなる手段を講じても捕まえろと指示した。銃撃戦の最中、レークは射殺、バーサはビルとヴォンと離れ離れになりニューオリンズの売春宿に。そこで偶然ヴォンに出会う。ヴォンはビルの隠れ家を教える。ビルとの再会も束の間、隠れ家を包囲した知事らは一斉攻撃を加え、ビルは重傷をおったうえ、両手の手のひらを磔刑のように列車の外の壁にうちつけられた。その時ヴォンが形相も凄まじく、銃を撃ちっぱなしに撃ち続け突進、知事らを皆殺しにした。列車が息絶えたビルの死体を打ち付けたまま発車。バーサは懸命に列車の後を追う▼「明日に向かって撃て」と「俺たちに明日はない」と「刑事」のラストシーンが入りまじりました。制作が「B級映画の帝王」ロジャー・コーマン。ギリギリまで経費節減する、彼の映画作りを反映して全く冗長なシーンがありません。ビルのデイヴィッド・キャラダインは、のち「キル・ビル」の殺し屋を演じます。残念なことに2009年バンコクのホテルで事故死。自己愛性災害といわれます。

 

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