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特集「クラシック音楽の名場面」

2017年6月10日

特集「クラシック音楽の名場面」⑩ 
ウィークエンド(1969年 社会派映画)

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監督 ジャン=リュック・ゴダール

出演 ジャン・イアンヌ/ミレーユ・ダルク

シネマ365日 No.2142

モーツアルト「ピアノ協奏曲18番」

06-10_クラシック音楽

主人公のふたり、コリンヌ(ミレーユ・ダルク)とロラン(ジャン・イアンヌ)は土曜の朝、週末旅行に出かけた。どっちも好感度ゼロの設定がまず凄まじい。出がけに隣人と大げんか。噴射機やテニスボール、猟銃で大騒ぎ。リアリズムで見る映画ではないから、何をやってくれてもいいけど、のっけから暴力と不条理のオンパレードです。道は渋滞、マイカーが延々と連なり、道端には事故車が炎上、死体は血まみれ、エロいわ、グロいわ、この調子で最後まで続くのかなと思うとげんなりします。でもそんな気の弱いことではゴダールに付き合えない。トラクターが姿を現したと思ったらスポーツカーに激突。運転手は死ぬ。連れの女と男は階級論争を始める。コリンヌとロランはヒッチガールに車を停めたら、ホームレス風の男がピストルを振り回し乗り込んでくる。青年は神とデュマの間に生まれたそうだ▼次は三重衝突。やたら衝突が出てきます。好きなのですね、クラッシュが。電話ボックスでは若い男がシャンソンを歌いながら恋人と長電話。この男がジャン=ピエール・レオです。15歳の「大人は判ってくれない」の初々しいデビューから8年。フランソワ・トリュフォーとジャン=リュック・ゴダールの間で、ヌーヴェルヴァーグの申し子として活躍しました。ロランはその男の車を盗もうとして若者にのされてしまう。田舎道を歩くロランにコリンヌ。テロに襲撃され炎上する車、倒れた人々。清掃トラックに乗ったものの、運転手は帝国主義への復讐を語る。母親の家にたどり着いたふたりは母親を殺し遺産を手に入れた。帰り道、ゲリラに襲われロランは逃亡を図り殺され、コリンヌは隊員たちと夫の肉を食う…▼この苦しい映画で、唯一「アクション・ミュージカル」というシーンがあります。モーツアルトのピアノソナタ18番第一楽章が、野外に捨て置かれたようなピアノで演奏される。農夫たちが作業の手を止める。みな、おそらく生まれて初めてモーツアルトを聴く人たちに違いない。このシーンのセリフが、全然ゴダールらしくない、と思ったのです。「音楽には二種類ある。人が聴くか、聴かないか。モーツアルトは前者だ。人が聴かない音楽といえば、深刻な現代音楽。猿すら逃げ出す。反対に真の代表者はモーツアルトの和音に基づいている。ダリオ・モレノも、ビートルズも。だが、深刻な一派は別の道を模索し芸術史最大の過ちを犯した。講釈はやめ、ソナタを聴こう」。トラックの運ちゃんが聴き惚れる。「素晴らしい音感だ。この作曲家が犬のように葬られたことを考えると、曲のやさしさにいっそう胸を打たれる。埋葬に集まった人々には感謝のかけらもなかった」▼ふと気がついた。あらゆる自作で狂気を装ってきたゴダールが、意図してか、どうかわかりませんが、狂気のふりをやめ、正気の自分を素直に出した部分ではないか、そう思ったのです。農夫もおばさんも、若者も聴き惚れる。主婦は子供の手をつなぎ、青年はシャベルを担ぎ、謙虚に耳を傾ける。キリコの絵を見るような、白昼夢のようなシーンです▼奏者はいう。「私の演奏は最低だ。戦前のシュネーベルを聴きたまえ。今は亡き私の師だ。彼は本物で私はクソだ。彼は滅多にモーツアルトを弾かなかった。わけは、初心者には易しすぎ、盟主には難しいからだ。くそ、葉巻のせいで間違えた」諧謔はありますが、とても率直なモーツアルト賛歌であり、音楽へのリスペクトだと思いませんか? 知らなかった、ゴダールってこんなとこ、あったんだ。多分これがモーツアルトの曲だったからではない?でなかったらモーツアルトの「モ」も感知しない、片田舎のおじさん、おばさんたちを棒立ちにして聴かせるシーンなんか撮らないわ。「曲のやさしさに、いっそう胸を打たれる」なんて、ゴダールの映画で滅多に聞けるセリフじゃないわね。ゴダールの映画作りに否定的だったフランソワ・トリュフォーは手紙でゴダールを罵倒しています。政治色の強いゴダールに対し、恋愛映画から離れなかったトリュフォーとは、肌あいも違えば意見の激突もあったでしょうが、トリュフォーの死後、ゴダールはこんな言葉を残しています。「フランソワは死んだかもしれない、僕は生きているかもしれない。だが、どんな違いがあるというのだろう」こんな言葉を吐くゴダールと、モーツアルトのピアノ協奏曲を取り上げたゴダールが、どうしてもかぶるのです。

 

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