女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ダンディズム-dandyism-」

2017年6月12日

特集「ダンディズム3」 ② ヘンリー・フォンダ 
絞殺魔(1968年 事実に基づく映画)

Pocket
LINEで送る

監督 リチャード・フライシャー

出演 トニー・カーティス/ヘンリー・フォンダ/ジョージ・ケネディ

シネマ365日 No.2144

ボストン連続殺人事件

ダンディズム3

リチャード・フライシャー監督が52歳、トニー・カーティスが43歳、ヘンリー・フォンダが63歳、ジョージ・ケネディが43歳だった。劇中のサウンドが繊細だと思ったらライオネル・ニューマンだった。ニューマン・ファミリーの弟である。つまりこの作品は、業界の酸いも甘いもかみ分けた、キャリア充分の男たちが、さりげなく、スタイリッシュに男の肖像を作りこんでいる。リチャード・フライシャーといえばB級映画の傑作「ミクロの決死圏」がまずあげられようが、「海底2万哩」あり、「トラ・トラ・トラ」あり、「ソイレント・グリーン」あり、それが史劇であれ戦争映画であれ、すべての作品に詩情とファンタジーがある。この映画も例外ではないと思う。ボストンで実際に起こった連続殺人事件という、猟奇的な手口の犯罪を静かなトーンで映し出し、登場人物たちは淡々と義務と責任を果たしながら犯人像を絞り込んでいく▼宇宙飛行士のパレードで町中が沸き立つ日、薄暗いアパートの一室からカメラは移動する。犯人の靴、床に散乱した衣類、貧しげなクローゼットの中、タンスの中を物色する犯人の手つき。現場に到着したフィル(ジョージ・ケネディ)は、部下に幾つか質問している。これで8人目だ。犯人の手掛かりはない。オープニングから30分ほども経ったころ検事総長室が映る。これ以上犠牲者が増やすわけにいかない、「特別操作本部」を設置し「いますぐ操作の指揮をとれ」と命令されているのがジョン・ボトムリー(ヘンリー・フォンダ)。重々しい総長室で彼は肘掛椅子に深々と腰を下ろし、「いやです」にべもなく断る。「これは命令だ」「あなたの部下になって以来、学者としての本業を犠牲にしてきた。もう充分だ」彼の口調には遠慮がない。多分大学の同窓か古い友人だろう。「君は学者的すぎる」と総長の非難に「祖先から受け継いだ私の欠点です」。仕方なくジョンは引き受ける。7人目は若い女性だった。疑問のある関係者はすべて引っ張られた。「性犯罪が起きると警察はまず我々を疑う。同性愛者たちに興味があるか? 倒錯者か? ひどい言い方だ」「失言を誤る」ジョンの率直な態度に、好感を持つ者もいた▼9人目の犠牲者が出た。連続殺人のニュースで町はもちきりなのに、なぜ被害者は訪問者を疑いもせずドアを開くのか。ジョンもフィルも糠に釘を打つみたいな手応えの無さに焦燥が募る。ジョンは本来法律学者だ。いきなり捜査本部に舞い降りた、現場未経験のトップに誰しも不信を持つが、ジョンは意に介さない、というよりこの事件を解決しないと学者に戻れない。宿題を早く済ませないと遊びに行けないと思う、子供の心理に似ている。コツコツと事情聴取に立ち会い、現場のたたき上げであるフィルたちを尊重し、わからないことを質問する。フライシャー監督は事実を積み上げるだけで、大げさな盛り上げ方をしない。刑事たちの地味な捜査や現場検証、ジョンが就寝前に法律書を読む静かな日常を織り交ぜ、「なぜ被害者は見知らぬ男にドアを開けるのか」を考える。それはドアを開けても不思議ではない何らかの用件があったからだ。手繰り寄せる糸がやっと一本見つかった▼犯人アルバートがトニー・カーティスである。二枚目で売った青年時代、彼は映画会社のドル箱だった。脱獄犯、ギャングにコメディ、マリリン・モンローとの共演もあった。幅広い役をこなしたが連続絞殺魔は初めてだ。所帯やつれした中年の工員に、色男の残り香の滲んでいるところがトニー・カーティスであろう。犯人はあっけなく逮捕される。そもそも計画などなかった。彼は二重人格だった。真面目に働く工員と、殺人鬼が同居し、どっちかが目覚めているときもう一人は眠っている。裁判の結果、彼の罪名は家宅侵入と婦女暴行で、殺人犯としては起訴されず、刑務所内で何者かによって殺害された。セリフは最小限。男たちの実務的・事務的な仕事ぶりが、かえってテンションを高めている。スクリーンを分割して複数の状況を同時に見せる、マルチ画面の試みもフレッシュだ。

 

Pocket
LINEで送る