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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2017年6月26日

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力5」⑥
トゥモロー・ワールド(2006年 SF映画)

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監督 アルフォンソ・キュアロン

出演 クライヴ・オーウェン/ジュリアン・ムーア/マイケル・ケイン

シネマ365日 No.2158

林檎の樹

ジュリアン・ムーアがなかなか現れず、出てきたと思ったら殺されちゃうのよね。クライヴ・オーウェンも悪くないけど、ジュリアンが、どこかで(じつは…)と姿を現わすのではないかと期待したけど、監督が「ゼロ・グラビティ」のアルフォンソ・キュアロンでしょう、それはないな、と思い直してみていたものの、芯が抜けたみたいで関心が薄れた。どだい、18年間人類は一人も生まれていないという、そら恐ろしい設定で出発するこの映画。環境汚染や晩婚化や、薬害やテロや、考えられる限りの原因で繁殖が阻害、あるいは繁殖の能力をなくしたわけ。時代は2027年だ。世界中の国が内戦激化で自滅している。かろうじてイギリスは軍事力で社会秩序を維持しているものの、大量の不法移民が押し寄せ、治安は悪化する一方だった。ロンドン市街でテロが日常化、その日、英国エネルギー省勤務のセオ(クライヴ・オーウェン)は、すんでのところでテロの爆破から難を免れた▼セオは元妻ジュリアン(ジュリアン・ムーア)との間に息子ディランを授かったが、死なせてしまった。夫婦は離婚、妻は反政府グループ「フォッシュ」のリーダーとなっていた。出勤途中に拉致されたセオはジュリアンのところに連れて行かれ、ある不法滞在者の通行証を手配して欲しいと頼まれる。理由は「娘を一人、海まで行かせたい」という。セオは妻の兄ナイジェルに泣きついて通行証を手に入れる。セオが引き合わされた不法滞在の娘キーは身ごもっており、臨月に近かった。この子が生まれたら人類はたった一人の存続者を得ることになる。海へたどり着けば、ヒューマン・プロジェクトの船が迎えに来てくれているはず、らしいのだ。ジュリアンはキーを移送中、狙撃されて死ぬ。狙ったのは組織ナンバー2のルークで、ジュリアンを殺してキーの子供を政治的に利用しようとしていた▼どうもこのあたりから物語が胡散臭くなってきます。戦闘場面の8分間の長回しが画期的な撮影方法だと評価が高いけど、それは撮影技術の評価でしょう。負けたけどよく頑張ったというのと似ている。だってあんまり面白くないのだもの。たった一人誕生した新しい生命を、兵士たちが戦いの手を止めて、畏敬を込めて迎えるヒューマンなシーンはグッときましたよ。セオが我が身を顧みず、母親と赤ん坊を守った自己犠牲の精神にも。でもどうも釈然としないのよね。はっきり言って面白くないのよ。最年少の18歳の若者が死んで、世界中が泣くのよね。こういうところが画一的すぎて、そうじゃない人間もいる、人類の滅亡だろうが壊滅だろうが、生殖能力ゼロ世界だろうが、自分の生き方と自我の尊厳を求める人間はいるという視点が完全に剥落しているわ。だからわたし、この映画でマイケル・ケインが演じたおじいさんがいちばん好きなのよ。彼は死期の近い老妻と隠れ家みたいな森の中で暮らす、セオの友だちです。愛犬がいる。身の回りの物は贅沢ではないが自分の気にいったものばかり。古いレコードや陶器や絵に囲まれて静寂の中で生活している。車椅子の老妻の世話をし、話しかけ、ワンちゃんにも声をかける。セオをかくまっているだろうと武装部隊が取り囲んだら、セオと身重の女性を逃し、セオなんて知らないとシラを切り射殺される。初めから彼は命を捨てるつもりで、妻と愛犬は先に死なせていた▼こんな人間、もっと他にもいるはずだ。明日巨大隕石の衝突によって地球が壊滅するとわかっていても、花に水をやり、犬と散歩に行き、猫にご飯を食べさせ、林檎の樹を植える人間はいるはずだ。そっちを描くほうが8分間の長回しより人間のドラマじゃないのですか。それがホントの「トゥモロー・ワールド」への信頼じゃないのか。

 

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