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特集「遥かなるミルキーウェイ/7月のベストコレクション」

2017年7月21日

特集「遥かなるミルキーウェイ/7月のベストコレクション」⑧
ヒトラー最後の代理人(上)(2017年 事実に基づく映画)

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監督 エレズ・ペリー

出演 ロマナス・フアマン/マチェイ・マルチェフスキ

シネマ365日 No.2183

対 話

21-24_7月ベストコレクション

1963年のフランクフルト・アウシュビッツ裁判まで、アウシュビッツの存在そのものが明らかにされなかったことを思うと、アウシュビッツの細部に渡った真実が究明されるのはいつだろう。あまりに巨大な闇ゆえナラティブ(物語る)という形では、まとめきれないし誤差も多い、と製作陣は考えたのだろう。人類史上最大の虐殺をいくら厳粛に、誠実に扱っても、真実の水は指の隙間から漏れ落ちる、それを防ぐために映画が取る形にどんなものがあるか。冒頭のセリフはこれです。「ドイツ人が協力しない。ドイツ語の話せる君に頼みたい」。この映画が古典的なまでに対話劇だということを、端的に表した秀抜なオープニングでした▼本作は撮影がどう、ロケーションがこう、配役がああ、時代背景がこう、そんなことをグダグダ書いたところで何が言えたことにもなるまい、どころか映画に嘲笑されるような気がして、つまるところ、セリフを追ってゆくことにしました。実に芸のない手法ですが、本作のセリフ(対話)を書くために、製作陣は知恵を絞りに絞ったはずです。エンディングにある通り「本作はアウシュビッツ強制収容所、ルドルフ・F・ヘス所長が、ポーランドの刑務所で処刑前に書いた手記を元に」作られました。アウシュビッツ、あるいはホロコーストという、底なしの深淵の一端を伝えるには、劇的な想像力より、限りなく事実に近い当事者の対話を追うこと、そう判断した製作陣の意図は正しかったと思います。言葉だけを武器にシチュエーションを追うのは、変化にも乏しく、下手打つと観客を退屈させるだけかもしれませんが、こういう形でないと、アウシュビッツは描ききれない。その断固たる姿勢に一票。描ききれないアウシュビッツとは何か。本作はドキュメンタリーではありません。あくまで「言葉の劇」です▼ビルケナウ強制収容所がセットで作られたのでもなく、収容所の施設が紹介されるわけでもない。アウシュビッツを象徴する有名な引き込み線もありません。ヘスはアルバートの質問に答えていくのですが、聞き取りの最大の山場はおそらく「君は内心どう思った?」だと思われます。彼は数度、日を変えてこの質問を繰り返し、ある日ヘスは答えています。「ここ(刑務所)に拘束されてから何度も同じことを聞かれた。命令に従うことを拒否できたのではないか、ヒトラーを撃つこともできたのではないかと。違う。多くの親衛隊員はそんな考えを持つことすら許されなかった」。このシーンは奇しくも「悪の凡庸さ」を指摘した「ハンナ・アーレント」と呼応します。しかし、ヘスの陳述を聞きながら思えてくるのです。考えることを放棄したことは人間であることを放棄したに等しい、それは悪かもしれない、しかし悪人とは悪を行う、やはり人間ではないのか。製作陣が絞りこんだものは、これまでの映画で描ききれなかったアウシュビッツとは、ヘスの心に映ったアウシュビッツでした。執拗な検事の追求に、ヘスは本心をさらけ出したとは思えません。隠したというより、彼が従事した仕事は人の表現がおいつく領域ではなかったと思えるのです。ですが、ヘスがどんな人間だったかは、彼は充分に語っています。ヘスの心の断片を追っていくにつれ、平凡な、善良な、家族を思う男性が「何も考えようとせず」やったことの恐ろしさが、彼の背後に黒い山脈のように聳えているのが見えてきます。

 

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