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特集「遥かなるミルキーウェイ/7月のベストコレクション」

2017年7月22日

特集「遥かなるミルキーウェイ/7月のベストコレクション」⑨
ヒトラー最後の代理人(下)(2017年 事実に基づく映画)

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監督 エレズ・ペリー

出演 ロマナス・フアマン/マチェイ・マルチェフスキ

シネマ365日 No.2184

ヘスの絞首台

21-24_7月ベストコレクション

現在アウシュビッツ強制収容所と呼ばれているのは第一収容所です。ポーランドを占領したナチス・ドイツはオシフィエンチム市をドイツ語名アウシュビッツと変え、3つの収容所を建設しました。第一強制収容所の跡地は博物館となっています。残っているのはここだけで、ヘスがビルケナウに建設を命じられた第二強制収容所は、連合軍が到着する前にドイツ軍が破壊し、跡地は広大な麦畑になっています。モノビッツの第三強制収容所も1945年1月の解放時に、ソ連軍によって破壊されました▼ヘスははじめダッハウ強制収容所に勤務し、1935年にブロック指導者に就任。翌年親衛隊少尉に昇進し、1940年4月、ヒムラーのアウシュビッツ収容所建設の命令を受け4月、ヘスが初代所長として着任しました。「アウシュビッツでの任務は?」「ノミの沸いていた建物を、1万人収容する新施設にすることだった。任務は過酷になる一方で、頼りになる人員は少なかった」「内心、どう思っていた?」「私は別人となった。人間の良心を信じていたが、間違いだった。常に自分は騙されていると思った。自分の殻に閉じこもり、人を寄せ付けず、妻は苦しんでいた。感情を押し殺し、誰にも会いたくなかった。アルコールで気を紛らわせた」。ヘスの父は息子が神父になることを望み、やるべきことは正確に、慎重に行うことを教えた▼「アウシュビッツでの仕事とはなんだ?」「兵器製造だ。悲惨な状況は見ないふりをした。ゴール(戦争の勝利)のためにすべてを犠牲にした。我々の勝利を信じていた。囚人たちはわかっていた。強制労働の後は殺されると。41年夏、ヒムラーに命じられた。アウシュビッツに大量虐殺のための場所を建てろと。非道なものだった。考える暇はなく、実行するだけだった」「内心はどう思った?」「ユダヤ人虐殺が必要なことかどうかは、私が決めることではなかった。総統がユダヤ人問題の最終的解決を命じたのなら、個人の考えは要らない。総統が命じ、我々は従う。単なるスローガンではない。実際にそうやるのだ」「なぜ命令に背こうとしなかった」「何度も同じことを訊かれた。多くの親衛隊員はそんな考えを持つことすら許されなかった。総統やヒムラーは命令を下す人間、彼らの命令は常に正しい」▼「ガスを使い始めたのはいつ?」「私の出張中、所長補佐が試みた。シアン化合物チクロンBを使った。ガス殺は地下で行われた。部屋にガスを流すと死はすぐ訪れた。扉を叩く音もあったが間もなく聞こえなくなった」「ドアを開けたとき目に入ったのは?」「大量の死体だ。不安にかられ恐怖に襲われた。だがこれだけは認める。ガス処刑で心が落ち着いた。虐殺が始まっても、アイヒマンも私も、ユダヤ人を殺す方法が定まっていなかった。ガスを使うが、種類や方法まで決めていなかった。昼夜を問わず遺体は焼き尽くされた。彼らの歯を抜き、髪を切るところを見ていた。巨大な墓が掘られ遺体が焼かれ、その臭いに耐えた。なぜ耐えられるのかいつも聞かれた。毎回同じ答えだ。ヒトラーの命令は確実に慎重に、人としての感情を持たず実行するものだから。ジレンマを感じていた。内心では苦しんだ」▼「家にいるとき虐殺者のことが浮かぶと家族と過ごせなかった。子供たちが遊ぶ様子や、妻が末っ子を抱く様子を見ていた。彼らの幸せがいつまで続くのか考えた」。ヘスは幼児の記憶を語った。「6歳のときマンハイムの町外れに移った。元の家の動物や森が恋しくて、数週間体調を崩した。両親は動物への愛を諦めさせようとしたが、私は写真を見つけ、動物との生活を夢見た。7歳の誕生日にハンスが来た。黒いポニーだ。いつも私の後をついてきて、両親がいないときは私の部屋に入れた。使用人とは仲がよかったので、両親には内緒にしてくれた」こんな男性になぜ虐殺ができたのか。尋問が進むうち、アルバートの神経はショートしてヨレヨレになる。バーでウイスキーを飲む。何杯もお代わりする。部屋に娼婦を呼ぶが笑顔も会話も笑いもなく、苦しげに抱き合う。ヘスが作業中に襲われた。シャベルで頭を殴られたのだ。偶然見かけたアルバートは車を飛び降り、シャベルをひったくると、ヘスを殴った男を何度も叩きのめすのだ。まるでヘスを守るように。アルバートはいつか、ジレンマと矛盾だらけのヘスの回答に、敵意や弾劾より、あらゆる憎しみを超えた、哀切なものを覚えたと思うのだ▼上司から指示があった「裁判でワルシャワに移送するが、処刑まで彼に付き添ってくれ。この物語を最後まで見届けるべきだ」。アルバートはヘスと二人きりで仕事した部屋を眺める。木のデスク。木の椅子が二脚。壁にはアルバートが持ってきた絵。大きな録音機。壁に床に天井のみ。ことりとも音のない、無味乾燥な部屋から、アルバートはなぜか立ち去り難かった。声のない悲しみにして苦しみ、嘆きにして慟哭、愛も絆も、命も未来も希望も、理不尽に絶たれた人間の悲劇がここで語られた。絞首刑は終わり、解剖台に乗ったヘスを見つめる。深い闇を抱えたまま彼は死んだ。アルバートには、只々わからない。アウシュビッツも、ヘスも、戦争も愛も、本当のところは何もわからない。深い闇を解き明かす術はなく、重い事実だけを、凄まじい暴力が人間をなぎ倒したことを受け止めてときは流れる。ヘスの絞首台が今も残っている。

 

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