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特集「意外な代表作」

2017年9月5日

特集「意外な代表作」⑤ エマニュエル・ベアール
美しき運命の傷跡(2006年 社会派映画)

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監督 ダニス・タノヴィッチ

出演 エマニュエル・ベアール/カリン・ヴィアール/キャロル・ブーケ

シネマ365日 No.2229

ベアールに震え上がる 

★01-05_意外な代表作

エマニュエル・ベアールはうるさ型の監督のもとで、難しい役をよく撮っています。本作のダニス・タノヴィッチ監督も「ノーマンズ・ランド」「汚れたミルク/あるセールスマンの告発」「サラエヴォの銃声」など、常に映画賞の対象になるバリバリの社会派です。「美しき運命の傷跡」なんて、何のことかわかりませんが、現代は「地獄」。クシシュトフ・キェシロフスキ監督がダンテの「神曲」をモティーフにした「天国・地獄・煉獄」の一部です。キェシロフスキ監督が急死したため「天国」はトム・テクヴァ監督により「ヘヴン」として映画化され、「地獄」はタノヴィッチ監督が引き継ぎました。これ以前に「愛に関する短いフィルム」で、キェシロフスキ監督にわたし、イカレましたから、彼の脚本、タノヴィッチの監督、エマニュエル・ベアールの主演という本作にかぶりついたわけです▼父のトラウマを引きずる三姉妹の長女ソフィがベアールです。42歳でした。教師だった父が、教え子の性的虐待の嫌疑をかけられ刑務所入り、出所する日、妻も娘も迎えに来ない。家に帰れば妻はドアを開けず、強引に押し入るが激しい抵抗に遭い突き飛ばした、鏡が割れ妻は倒れ、恐怖に引きつって成り行きを覗いていた娘たち。ソフィが駆け寄るが父は窓から飛び降りて死んだ。物心つく頃に、惨憺たるスタートです。ソフィは結婚し子供が二人、夫には女がいる。問い詰めても夫は頑として否定し、「愛している」と繰り返す。いかにも白々しい。ソフィはストーカーとなり、後をつけ、浮気の現場であるホテルで、夫が出て行った後、そっと部屋に入り込み、眠っている女のそばに顔を近づけ、夜行性動物のように匂いを嗅ぐ。夫が知るところとなり「なんでそんなことをした」と詰問されると「行った理由? 私自身を辱めるためよ」と答える。「最後に寝たの、覚えている? 忘れた? 私だって女よ。肌に触って」「やめろ」「愛してないならいって…もういいわ、出てって!」「それでいいのか」「今さら心配するの? どうせ出て行くのに」▼夫婦喧嘩のシーンは数々あれど、欲望に飢え、夫の手をスカートの中に導き、応じないとなると悪鬼のごとく変貌する。このときのベアールの形相には震えをもたらすものがあります。三姉妹に限らず、姉妹の映画はたとえトラブルがあっても平和裡に落ち着くのがほとんどです。「若草物語」にせよ「高慢と偏見」にせよ「イン・ハー・シューズ」にせよ「レイチェルの結婚」にせよ。でも本作は徹頭徹尾、誰一人幸福になりません。ソフィは離婚する(ある意味これで幸福になるのかもしれませんが)、次女セリーヌは事件の後、口がきけなくなって施設にいる母親をマメに訪問する。不眠症で夜眠れない彼女が眠れるのは、列車に乗っているときだけだ。三女アンヌは大学教授フレデリックと不倫関係にある。父親の影がどこまでも娘たちに色濃く落ちているに違いない。みな男に心が開けないのだ。しかし、そうなった大元は母親にあるとも思える。母は絶対に父を許さない。ある日、父の教え子がセリーヌを訪ね、性的関係はなかったと事実を伝えた。姉妹揃って施設の母の元に行き、「お父さんは無実だった。告発は間違いだったのよ」と言っても「それでも私は後悔していない」とメモ用紙に書く。母親の告訴によって父は実刑になったのだから、後悔くらいしてもよさそうだが、お母さん、よほど骨髄に達する恨みがあるらしい。この鉄板の母を演じるのがキャロル・ブーケ。ボーヴォワールの後輩にあたる、ソルボンヌ大学哲学科出身の秀才というクール・ビューティです。蓬髪の白髪を無造作に肩に流して目だけ異様に力のある役作りは、サムライのごとき存在感でした。三女は妊娠して中絶に行った病院で、教授の事故死の記事を知る。そこで病院を飛び出しますが、産む、産まないに映画は触れません。それでなくても疎遠だった三姉妹がこれを機に仲よくなる兆しもない。万華鏡がくるくる回るラストの映像は、変化する局面を人は自分なりになんとか生きていくものだ、とでもいう意味か。甘味料ゼロの映画ですが、ここまで突き放されると、人工の甘さのない分、すっきり味が残ります。女優陣圧勝の映画でした。

 

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