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特集「昭和のスター列伝」

2017年10月28日

特集「昭和のスター列伝1」 石原裕次郎④
嵐を呼ぶ男(1957年 アクション映画)

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監督 井上梅次

出演 石原裕次郎/北原三枝/芦川いづみ/青山恭二/金子信雄

シネマ365日 No.2282

裕次郎、嵐を呼ぶ 

★28-31‗昭和のスター列伝1-3

興収が当時で3億4880万、観客動員数が約590万人と資料にあります。今にしてどれくらいだろう。昭和37年の映画だ。1955年(昭和30年)の日本人口が8927万人だった。大雑把に言って15人に一人が見たことになる。裕次郎ブームに火がついた映画でした。井上梅次という監督がエンタメに徹した監督で、「面白い映画」にすべてを収束させる鉄腕の「梅さん」だった。裕次郎の甘さのある不良性をふんだんに生かし、今見ても、なんで登場する女という女はすべて、裕次郎を助け支え、励ますようにできているのか、しらける一歩手前の寸止めが心憎い。井上監督の物語性のうまさだと思う。冒頭のロカビリーのシーンで、マイクを持って倒れそうになって歌っているのは平尾昌晃。芦川いづみが可憐な少女で出演します。北原三枝のモデルは、女性マネージャーの走りで、のちに女帝と呼ばれる渡辺美佐でした▼劇中の、というより昭和の名場面に数えられるひとつは、右手を怪我した裕次郎がマイクを引き寄せ、左手で叩きながら「おいらはドラマ〜、ヤクザなドラマ〜」と歌いだすシーンでしょう。男も女も老いも若きもあの一節を覚えた。何しろ一日じゅうどこかのラジオ局から流れるのだ。小学生はすらすらと三番まで覚えたやつが、ドラムを叩く振りまで付けてうれしそうに真似した。裕次郎は子供たちの夢の存在だった。挿入されるこのセリフ「ちくしょう、やりやがったな、倍にして返すぜ、ほら、フックだ、ボディだ、ボディだ、チンだ、えーい、面倒だい、このへんでノックアウトだい」。劇中のドラム合戦。裕次郎がスティックでさっと相手の笈田敏夫を指し「あらあら、のびちゃった〜」はアドリブではないかと今でも思う。それくらい裕次郎はのびのびと、颯爽としていた▼裕次郎は有名なジャズバンド「福島慎介とシックスジョーカーズ」のドラマーに決まったことが嬉しくて、イの一番に母親に報告に行く。彼・国分正一は母親と弟と安アパートに住んでいる。気のやさしい男だが喧嘩早いのがたまに傷だ。母親は心配が絶えず、弟の英次を頼りにする。彼は音楽学校で作曲と指揮を勉強する優等生だ。正一は自分も母親に認めてほしい。「母さん、俺、シックスジョーカーズのドラマーになったんだよ」そういうが母親はどうせまた、すぐ辞めさせられるのだろ、と冷たく対応する。「母さん、俺だって母さんの息子だよ」。「エデンの東」母親版だが、女性ファンはたまらずホロリとするだろう▼正一は同じアパートの管理人の娘みどり(芦川いづみ)と身を固めようと思っていたが、彼女は謹厳な弟の英次と婚約する。流しをしていた正一のドラムを、シックスジョーカーズのマネージャー、美弥子(北原三枝)に売り込んだのは弟の英次だった。美弥子は自分を振ったドラマーへの腹いせに、国分正一を売り出して鼻をあかすと決心し、正一を自分の屋敷に住まわせ、朝から晩まで特訓させる。二人の仲は急接近。ところが裏の取引があった。左京というジャズ評論家が美弥子に恋慕していた。正一は弟の英次を新進作曲家として売り出すのに、左京に協力を頼み、引き換えに左京と美弥子の間を取り持つとしたのだ▼美弥子を奪ってしまった正一を、左京は手下を使って右手を潰します。英次の指揮する初コンサートの日、行きつけのバーに雲隠れしている正一を、美弥子と兄の慎介(岡田真澄)が探し出し、母親を連れていく。母親は息子に「辛く当たってごめんよ」涙で詫びる。岡田真澄がバンドリーダーでベースをやります。どこから見てもスマートでした。ドラムを叩けなくなった正一だが「正ちゃんは歌える強みがあります」と美弥子。そうくるか。裕次郎がしゃしゃり出たというより、ヒーローを待望していた昭和が彼を引きずり出したというほうが当たっている。裕次郎がボコボコにやられる廃墟のシーン。昭和32年といえば、街のあちこちに焼け跡のまま棄てておかれたビルの残骸が、まだまだ残っていました。

 

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