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特集「昭和のスター列伝」

2017年11月22日

特集「昭和のスター列伝2」吉永小百合③
時雨の記(1998年 文芸映画)

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監督 澤井信一郎

出演 吉永小百合/渡哲也/佐藤友美

シネマ365日 No.2307

「悶えの子」はどこ? 

特集「昭和のスター列伝1」

「時雨の記」を読んだときは、熟年男女ふたりのプラトニック純愛物語にしみじみ打たれました。映画でいえば多江が吉永小百合、壬生が渡哲也です。それに文句はないのですが、なんだか壬生が堂々としすぎていて、彼の積極性が、青年のように初々しい、といえばいえるかもしれませんが、56歳になる男性が(初々しい)ですむものでしょうか。いきなり多江の行き先に現れるのはまるでストーカーだわ。何かといえば「多江さん、多江さん」と呼びまくるのも、最初こそ可愛く、耳に快く響いたのですが、映画も中盤・終盤になって「多江さん、多江さん」は(またかよ、他にセリフは書いてないのかよ)…渡哲也の演技をノッペラボーにするのにだけ役立っているように聞こえてきました。多江の自宅で急に雨が降り出し、あっという間に篠突く雨、壬生は「決めた、泊まります」おいおい▼家の中で追いかけっこ。多江を捕まえてバターン、押し倒しキスしてハイ、そこまで。原作は中里恒子さんの清冽な筆致で、寝ようと寝るまいとこのふたりはそんな域を超えた愛なのだということが、巧みに読み手に伝わるのですが、渡兄貴が演じていると、鬼ごっこやかくれんぼみたいなことしていて、よく欲求不満にならんものねと、下世話な想像をしてしまう。壬生が自宅に来るとなると、多江はせっせと食事を作り、魚屋に「今夜は二匹ね」と楽しげに注文している。食卓には綺麗な料理にワインやら、レストランみたいなテーブル・セッティング。多江が「いいのでしょうか、私たち、こんな関係を続けていて」とためらいを見せるのは何度目かのデートと食事の後。遅いわね〜。ですが壬生にすればどっちも清廉潔白だから「いい」ってものなのね。もう少し妻や家庭との間に、影が落ちるのが自然かと思うのだけど、壬生は何事も太陽のようにさっぱり、どだいこの人「西部警察」なのよ。こういう微妙な関係では(あなた、それちょっとまずくない?)という気がするのだけど▼壬生は心臓に持病があってあっさり死んじゃう。この手の物語は「死なせ落ち」しか仕方ないでしょうね。男が死んで女が残る傑作といえば「マディソン郡の橋」「風の盆恋歌」がすぐ思い浮かぶ。「先生のカバン」もよかった。よかったと今でも思えるのは、男も女もそれなりに苦しんでいたからよ。やり過ごすつもりでも、やりきれない恋の重みに悶えている。はたから見たらきっと滑稽かもしれない愚かさに耐えている。与謝野鉄幹の「われ男の子/詩の子恋の子剣の子/意気の子名の子/ああ悶えの子」のあの「悶え」が秘められていたからよ。壬生は「これまで自分を殺して生きてきた。残る人生、自分らしく生きたい」といって、妻(佐藤友美)に「そうさせて欲しいのだ」。壬生っていい父親だし夫でした。息子にも妻にも何不自由させず、会社重役として責務も全うした。だから残る人生は「多江さん、多江さん」したくなるのもわからんではないけど、ここでも妻に対して壬生は堂々としています。たとえ男と女の関係はまだにせよ、あんまり胸を張っていうことではないと思うのは気の小さな私だけか。むしろ吉永小百合は、多江の「どこかしこ出歩くより、閉じこもっていても平気」という、多江の内向きの性格や生き方をよく掴んでいたように思えます▼壬生が初めて多江の家を訪問するとき、手土産に老舗の海老の天ぷらを持っていきます。洒落た包装を開けて、大きな海老天が三匹。尾がピンと跳ね上がってプリプリ身のついた大ぶりな海老でして、「揚げたて」と壬生は言い、多江がうまそうに食べるのですが、いくら揚げたてでも若干は冷めているだろう。「チン」するのは艶消しとしても、なんらかの小技で立派な海老天を盛り上げて欲しかったわ。料理と食べるシーンは、ヒロインの心の在り処や揺れ方を示す大事なファクターです。同じ不倫と料理の映画でも「ミラノ、愛に生きる」で、ムキ身の小海老を歯に当てる、ティルダ・スウィントンの恍惚なんて、そのシーンだけでも絵になったわよ。

 

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