女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「昭和のスター列伝」

2017年11月26日

特集「昭和のスター列伝2」吉永小百合⑦
映画女優(1987年 伝記映画)

Pocket
LINEで送る

監督 市川崑

出演 吉永小百合/森光子/菅原文太

シネマ365日 No.2311

なに、殺してやるさ

20-24‗昭和のスター列伝2-2

田中絹代という日本映画史上、不世出の女優を吉永小百合が演じます。吉永という人は、うまい・下手、好き・嫌いはともかくとして、出演作それぞれが粒ぞろいのレベルであることを否定しません。デビューから99本目にあたります。率直に大女優であるといいたい。ニキビ面で、太い足で歩いていた青春映画時代の彼女を思い出すと、半世紀以上を、ひたむきに演じ打ち込んできた、よく頑張ったねといってあげたくなる。しかるに本作はどうか。いいですよ。一生を映画に捧げた田中絹代を演じられる女優は、同じ意味で吉永くらいしかいないでしょう…原作は新藤兼人の「小説・田中絹代」です。すごい女性だなと思いました。エネルギッシュとか、情熱とか、そんな言葉がみな色あせてしまう。どう評しても月並みに堕してしまう、そういう恐れを感じさせる女性でした。田中絹代は戦後の低迷期、監督・溝口健二(映画では溝内健二)と、心中するつもりで「西鶴一代女」に再起を賭けました。死闘だった。溝口は「絹代には獣の匂いがあります」といった。絹代と共に、天国も地獄も見た男でないとわからない言葉だと思いました▼大部屋女優から松竹の大幹部へ、通過儀礼として結婚し、さっさと別れ、これで女になったと、ワンステップ上を目指す、惚れたの、腫れたの、じゃらじゃらしたところがまったくない。絶対に本音を出さない。絹代は一生だれに対しても「はい」「ございます」で通した、あれは礼儀というより、女優の訓練で得た第二の皮膚だと新藤は書いている。吉永が演じると心底マジメな礼儀になっているのでおかしかったが、ハイライトの「西鶴一代女」のメーキャップは度肝モノでした。溝口の厳しい演出に疲労困憊して絹代は宿舎である旅館に帰ってくる。付き人の新吉が「殺される」と案ずる。「なに、殺してやるさ。睨まれたカエルになってたまるものか」絹代は薄く笑う。新吉は押しかけ弟子で、絹代が用心棒代りに雇った青年だ。気むずかしく傲慢なこの女優となぜかウマがあい、絹代が息をひきとる日まで40年を共にする。絹代が生涯に心を許した男は、溝口健二と新吉だった▼田中絹代をスクリーンで見たのは「サンダカン八番娼館」でした。絹代65歳。死の2年前です。彼女はこの作品でベルリン映画祭女優演技賞を取る。フイと出てきてオスカーを取る、キャサリン・ヘプバーンやイングリッド・バーグマンみたいでした。40歳を過ぎ「老醜」だと酷評された絹代は、老醜を武器に倍返し。仕事には仕事で返す、肝の座り方がちがう女性です。本作は「西鶴…」のクライマックス、零落の娼婦が、旅の男たちのたむろする部屋に呼ばれる。年取った娼婦が流れ流れ、なれの果ての売春婦となっている。卑しい笑いを投げる男たちに、吉永は見世物となってヒョイと化け猫の手真似をする。田中絹代は、溝口のダメ出しに閉口し、ヤケクソで化け猫のふりをした、溝口は「それでいこう」瞬時に決まった。土壇場で出た必殺技でした。本作はそこでエンドです。溝口健二に菅原文太。「溝口も絹代も、古くてもうダメ」世間が押した烙印を背に、生爪を剥がして崖からはい上がる二人の映画人の、死にもの狂いの闘いがわかります。「西鶴一代女」はベネツィア国際映画祭で国際賞受賞。監督と主演女優の名を、世界に知らしめた日本映画の傑作です。それを演じた大女優に、吉永小百合、肉薄しています。

 

Pocket
LINEで送る