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特集「昭和のスター列伝」

2017年11月29日

特集「昭和のスター列伝2」吉永小百合⑩
キューポラのある街(1962年 社会派映画)

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監督 浦山桐郎

出演 吉永小百合/浜田光夫/東野英治郎

シネマ365日 No.2314

次世代ヒロイン 

★28-30‗昭和のスター列伝2-3

ラストシーンで石黒家族に笑い声が響くまで、ず〜と重くて暗い物語が展開する。キューポラと呼ばれる独特の煙突の立ち並ぶ埼玉県川口市の鋳物工場一体。石黒家の父辰五郎(東野英治郎)は近代化する工場でリストラ、貧窮の最中に赤ん坊が生まれ、長女ジュン(吉永小百合)は高校進学を目前にしているが、貧乏のため修学旅行にも行けない。在日朝鮮人の友達と仲良くするなと、父親も母親も強烈な差別発言、弟は不良一歩手前の問題児だ。隣の克己(浜田光夫)は父親と同じ工場で働く若い組合員で、ジュンを励ましている。米をとぐのも共同の井戸端、たった二間しかない家に、家族5人が起居する。ジュンが勉強するのは壁に押し付けた小さな机だ。失職した親父は妻と娘と子供という弱い者に当たり散らす。不幸を絵解きしたような環境で、でもジュンはえらいのだ。まさに吉永小百合ジルシの映画です▼進学資金を貯めたいとパチンコ屋で夜にアルバイトをし、父親に殴られて家を飛び出した弟を探し回る。弟が不良に因縁をつけられていることを知るや、彼らの元に乗り込んで話をつける。お父さんは自己中心主義だとホントのことをいい、これまた張り飛ばされる。貧乏になんか負けない、ラクして高校に行ける連中を見返してやる…中学三年の子供が、できすぎにはちがいない。ちがいないが、高度成長から取り残された貧困の一画では、こういうヒロインがいないと日本人の「希望」は呼び起こせなかったのだ。本作の吉永は演技がどうの、17歳でブルーリボン主演女優賞がこうのというよりも先に、彼女が体現した「希望」という光に、観客は参ってしまうのだ▼時々挿入される、見晴らしのいい荒川土手の牧歌的な風景や、その土手を走る女学生たちの健康な姿がほのぼのとする。悪ガキには違いないジュンの弟は、どこにでもいるヤンチャ坊主で、姉思いの一面もある。母親は飲み屋で酔客相手に酌婦をする。それを見たジュンは胸が詰まる。母親の苦労も知らないで、というよりこの有様では高校進学なんてとんでもない、と中学生にして自分の未来に絶望を味わう。担任の先生がよくできた先生で、成績優秀なジュンが、家の事情で進学できないと知り、昼間の高校だけが高校ではない、定時制もあれば通信制もある、と励ます。ジュンは友達の家に遊びに来て、綺麗なティーカップで飲む紅茶、美味しいショートケーキ、少女らしく整頓された自分だけの部屋、住む世界の違う境遇に思う。貧乏だから人は弱くなるのか、弱いから貧乏になるのか。この友達の父親が紹介してくれた折角の勤め先も、たたき上げの職人であるアナログの辰五郎にはついていけない。またもやヤケを起こす父親にほとほとジュンはサジを投げる▼彼女は年こそ幼いが立派な大人であり、自立を目指す女性なのだ。ジュンは志望校を諦め、県下の大企業に就職し、定時制高校で学ぶ。福利厚生の行き届いた大企業で、同じく定時制で学ぶ先輩がいて、サークル活動は充実している。環境は良好だ。そんなしっかりした選択眼と人生設計がある。彼女は経済的に自立しなければ何もできないこと、社会でそれなりの立場を得るには学歴が必要なこと、「ダボハゼの子はダボハゼじゃ」などと吐き捨てる父親は所詮負け犬であることをとうに見抜いている。ジュンは給料をもらい、堅実に貯金し、いずれ高学歴を身につけ、家を出るかもしれない。ともあれそれは先の話だ。ヒューマン映画ではあるが、基礎部に浦山監督の女性観がはっきり刻まれています▼頬のふっくらした吉永が、違和感なく中学生役に溶け込んでいます。健康美に溢れている。本作のハッピーエンドに「結局はうまいようになるのだ、なんだ、バカにしてやがる」と思うより「よし、負けないで頑張らなくちゃ」と思った人の方が圧倒的に多かった。繰り返しますが、本作が与えたのは希望ではあるけれども、しかしその希望はホーム・ムービーを通り越し、我を通して生きることを自覚した、次世代ヒロインを作り出そうとしていたのです。浦山監督の先見性はむしろここにありました。

 

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