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特集「ほんまか、アラン・ドロン!」

2017年12月7日

特集「ほんまか、アラン・ドロン!」⑦
黙って抱いて(1963年 コメディ映画)

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監督 マルク・アレグレ

出演 アラン・ドロン/ジャン=ポール・ベルモンド/ミレーユ・ドモンジョ

シネマ365日 No.2322

青春の風 

06-08_ほんまかアランドロン-2

日本での公開は1963年でしたが製作は1957年です。フランスでの公開が翌1958年でした。どうでもよさそうな製作・公開にこだわるのは、アラン・ドロン、ジャン=ポール・ベルモンド、そしてミレーユ・ドモンジョを見ていると感慨にふけらざるをえないのです。アラン・ドロンとベルモンドは「ボルサリーノ」「同2」「ハーフ・ア・チャンス」で共演し、「ハーフ…」でアラン・ドロン「これを最後に」引退表明をした。あれからざっと20年、もっぱら今度は本当らしいと言われているものの、さあ、どうでしょうね。というのも、やっぱりこんな、ナルシストの権化のような俳優は、ちょっと見当たらない、死ぬまで銀幕に出るのが業のように思えるから、飽きもせず見ていたいと思うのです▼アラン・ドロンとベルモンドがベビーギャングの兄貴分と弟分になります。彼らの後年が「ボルサリーノ」になったみたいな錯覚を覚える。アラン・ドロン扮するルルは、刑事の手伝いで、パリに出没する宝石強盗の屋敷を見張るが、何をやらせても素人くさく、アクションもドタドタしている程度です。ベルモンドはのちのヌーボーキャラが既に充分。女にやさしく、仕事なんかソコソコやって楽しく行こうよ、というゆったり感が溢れている。ビルジニー(ミレーヌ・ドモンジョ)は教護院脱走の常習犯で、サーカスに紛れ込んで曲芸をしているところを刑事ジャンに連れ戻された。その日の夜に、同僚のオルガと一緒に脱走、オルガの恋人がルルだ。ベビーギャングにはボスがいて、彼が宝石泥棒の親玉だ。要するにこの映画の登場人物は、警察にしょっぴかれ、ムショ入りしても当然の面々なのです。アラン・ドロンのデビュー作は「女が事件にからむとき」だが、日本未公開だった。従って我々が知るアラン・ドロンの、実質デビュー作は本作だといえます▼行きつけの喫茶店とか、安物のバイクとか、公衆電話とか、金のない若者の日常がスクリーンに精彩を放っている。金がないから車なんてとんでもない、一流のレストランも縁がない、女の子と一緒に入ってコーヒーを注文し、テーブル越しに額を寄せてワケありげにしゃべる。腰が軽く、深く考えずひょいひょいと行動する。アメリカン・ニューシネマの台頭はいつだっただろう。少なくともこの映画には「俺たちに明日はない」や「卒業」に先立つこと10年のときに、なにか「新しいもの」の匂いを運んでいる。本作の背景には世界恐慌も、年上の女性との情事も葛藤も、西部を荒らしまわる強盗団も暴力もないが、風に吹かれるような、未来がまだしこたまあるがゆえに、今はどうでもいいのだと言わんばかりの、軽薄な明るさが眩しい▼ミレーユ・ドモンジョも23歳だった。主役3人はほぼ同い年だった。よくブリジット・バルドーと比べられたドモンジョだが、ベベの陰影はドモンジョにはない。ベベの肉食獣の獰猛さもない。ドモンジョはもっと甘美で、さっぱりした可愛らしさがあった。二の句の告げようのない大女優とは、むろん堂々たる存在だが、そうであるだけが女優ではないだろうし。本作のドモンジョを見ると、そう思うし、彼女とつるんで何の苦もなく世渡りしている若者像を、アラン・ドロンが、ベルモンドが自然体で演じている。

 

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