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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2017年12月12日

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力6」④
ハイ・ライズ (2016年ファンタジー映画)

監督 ベン・ウィートリー

出演 トム・ヒドルストン/ジェレミー・アイアンズ

シネマ365日 No.2327

カフカ的シュール 

9-18_美しい虚無6-1

今をときめく「トムヒ」ことトム・ヒドルストンが主役の医師ラングを演じます。大学で生理学の講座を持っている彼。当代最高の建築家と言われるロイヤル(ジェレミー・アイアンズ)の設計した40階建高層マンションに彼が引っ越してくる。マンションと言うより一つの街で、スーパー、プール、ジム、エステ、病院など全てが揃っている。マンションから一歩もでなくても生活できる。住人は上層階にセレブ、下層階は低所得者、ラングは25階の中層階だ。これにも意味があります。停電と断水を機にマンションは階級闘争が生じる。低層階が電気を使いすぎたからだと高層階は怒り、ああいうガラの悪い連中は締め出そうと、プールの使用を禁止する。低層階は怒り、暴力とセックスで高層階を巻き込み乱痴気騒ぎ。マンション内の機能は停止し、スーパーの果物はカビだらけ、ゴミ袋は山のように積み上がり、パトロールの警官が「散らかっていますね」と不審を質しても「いや。別条ない」とロイヤルは異常事態を隠蔽する▼水が出ないから女たちはプールで洗濯をする。スーパーには食べ物がなくなり奪い合いが始まる。低層階の住人は一室に集まり、燃やすものを燃やして暖をとる。ラングの教え子のマンローは頭に腫瘍が発見されたとラングに言われ、39階から飛び降りて自殺する。パトカーも警官も検証に来ない。何かが狂っているとドキュメンタリー映画の監督(今は無職)のワイルダーが現状を映画にしようと、廃墟になった住居内と人間を撮影しまくる。どの部屋でも乱交だ。ロイヤルは最上階、ペントハウスの住人だ。広い屋上庭園にヤギを飼い、妻は白馬で乗馬する。食糧難で一番に殺されたのはヤギで、次は馬だ。犬も次々食料になる。やがて3ヶ月。ラングは25階の自分の部屋のベランダで、ドロドロのシャツ一枚に、めくり上げたズボンを履き「タワーの暮らしは総じて快適だ」とナレーションが流れます。負け惜しみでなく真から彼は満足そうで、犬の足をベランダで焼いて食う。ロイヤルは女たちに刺し殺された。「ラングは建築家の死を悲しみ。新しい家族を得たことを喜んだ」タワーそのものが彼の家族となったという意味か。「タワーにはたくさんの患者候補がいるから、ラングは開業を考えている。全てが正常に戻ったら、ラングはパーティを開く。二つ目のタワー開発が失敗するのを待ち、そこの住人をこのマンションに迎えよう」▼たかが停電くらいでこのバカバカしい階級闘争が生じるのか。そう考えるのが正しいが、実はこれ、ジェームズ・グレアム・バラードの原作ですね。映画化された作品に「クラッシュ」(デヴィッド・クローネンバーグ監督)があります。だから(トいうのもおかしいけど)、もともとこの映画は「わかる」とか「わからない」がテーマとは違う。初めから歪めてあるのです。カフカ的シュールの世界がバラードの基盤です。主人公が「変身」の虫になろうと「審判」のKみたいに自爆しようと、全く差し支えない。そこのあるのは主人公の、虚無と妄想が描き出す世界である、本作もまた、地獄のようなマンションをなぜ住人は出ていかないのか、警察を呼ばないのか、買い物くらい自分で行けるだろうとか、仕事はどうなった、子供の学校はどうするのだとか、もっともな疑問はいくつも生じるのですが、もともとノーマルを拒否し、アブノーマルな場所を作ろうとした物語です。そこは身も心も荒廃し、殺人とセックスという、なんでもあり▼現にロイヤルは「タワーを変化の坩堝にしたいと思っていた。だが多くを入れすぎた」と二階層住居の設定を失敗とみなし、でもそれは次のタワーの改善点になると、とんでもないことを考えている。タワー構想は五基の高層マンションからなり、本作のタワーはその一基目。だから初期段階の失敗はやむをえないと、停電・断水の大騒動もロイヤルは他人事です。殺されるの、無理ないわね。作者の意図を体現しているのはラングです。ドンチャン騒ぎのパーティ漬けに、辟易していたインテリジェンス代表の彼がついに植民地化され、ここの暮らしもまんざらではない、とかいって犬を食べ、開業するつもりだ、患者はたくさんいると、明るい将来構想を描く。彼にとっては虚無が現実に、現実が虚無になったわけだけど、一律の価値観などどこにもなく、幸福とか美とか、他人が歪んだと思っている世界でも、ある人にとっては潜在意識や妄想の中では成り立つ正常な世界である。ラングは「総じてタワーの暮らしを気にいっている」のだから、彼は肥沃なシュールの原野に滑り込み、そこが現実になったわけね。けっこうというべきでしょうか。つきあう気はないけど。