女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2017年12月16日

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力6」⑧
マシニスト (2005年 サスペンス映画)

監督 ブラッド・アンダーソン

出演 クリスチャン・ベール/ジェニファー・ジェイソン・リー

シネマ365日 No.2331

この自己罰つらい 

9-18_美しい虚無6-2

主人公の機械工=マシニスト=トレバー(クリスチャン・ベール)の虚実入り混じった展開で終始しますが、ブラッド・アンダーソン監督がラストにちゃんと事実関係を明らかにしてくれていますから、消化不良にはならないです。そういうことか、と腑に落ちる。アンダーソン監督はサイコ・ホラーで面白い映画を撮っています。「アサイラム監禁病棟と顔のない患者たち」など。このジャンルが得意みたいです。クリスチャン・ベールの30キロの減量ですっかり有名になった本作。主人公は1年間眠らず、食べず、でガリガリに痩せてしまったという設定です。多分妄想オチだろう(トいうか、それしかないだろうと)途中で思いますが、最後まで騙されたのがマリアの存在でした▼トレバーが毎晩深夜1時30分に空港のカフェに行き、ウェイトレスのマリアと喋る。それだけが彼の楽しみで、だんだん仲良くなり、マリアの息子ニコラスも一緒にデートするようになる。行った公園でニコラスが発作を起こす。トレバーは驚くが大事に至らずホッとする。母親と息子の関係が本作の背骨を作っています。もう一人、トレバーが職場で一瞬脇見をしたため、同僚の手を切断してしまうという事故を起こした。その原因になったアイバンという男は工場に勤務しておらず、誰もトレバーの言葉を信用してくれない。彼が目の前に現れたり消えたりする、執拗な幻影がトレバーを苦しめる。トレバーの馴染みの娼婦スティービーがジェニファー・ジェイソン・リーです。それ以上痩せたら死んじゃうわよ、とトレバーをいたわる。トレバーは同じ言葉をマリアからも聞く。アイバンが乗っていた赤いスポーツカーの持ち主を調べたら、トレバー自身だった。トレバーは何かから逃げようとして、マリアに慰めを求めたり、娼婦の元に通ったりしているのですね。骸骨のように痩せた男が、女に救いを求めているところが宗教画みたいですが、そういえば聖書に関係ある数字や名前が頻出します。「666」とか「ニコラス」とか、もちろん「マリア」も▼冷蔵庫のドアから血がしたたりおちてくる。てっきり手足か胴体の一部かが入っている…でも違う、魚の頭や胴体だった。この辺からちょっと、あんまり込み入った内容ではなさそうだな、という気がしてきます。でもアンダーソン監督がうまいから充分緊張を持ちこたえる。付きまとうアイバンを殺してカーペットにくるみ崖から突き落とす。落ちる途中でカーペットはくるくると開き、中には誰も包まれていなかった…つまりアイバンは妄想上の男でした。そろそろしつこい妄想の原因を、不眠の原因を知りたくなります。消去法でいくと職場の人物のうち、腕を切断した同僚はまさか妄想ではない。娼婦のスティービー。妄想もありうるがジェニファー・ジェイソン・リーは妄想上の女というタマではない▼とすれば儚げなマリアのほうが映画的にはぴったりくる。当たり。トレバーが1年前自分の赤いスポーツカーで子供をひき逃げした。罪の意識が強度なストレスになり彼を苦しめ、嘆く母親(マリア)と死んだ息子(ニコラス)への謝罪という潜在意識がマリアを作った。アイバンはいるはずのない男です。それを作り上げ殺すという幻想だから、どこかで自分を罰したいのでしょうね。トレバーの愛読書はドストエフスキーの「白痴」でした。主人公ムイシュキン公爵はイノセントです。彼のような汚れのない無垢な人物が現実で生きていけるか、いや、狂ってしまうしかないというのがドストエフスキーの見解です。トレバーは現実が重すぎると感じる自分の性格を、「白痴」の主人公にかぶらせたのでしょうか。それはちょっと虫がよすぎる。トレバーは警察に、実は自分はひき逃げ犯だと自首したところで贖罪を得る。不眠も治っちゃう。生きていけるのです。ムイシュキンはそうじゃない。彼が現実の世界で生きようとすれば「白痴」にならざるをえない。現実の人生とは汚れざるをえないのだとドストエフスキーは突き放しています。しかしトレバーが、ひどいことをしてしまった自分は、もしこのまま許されないままだと、生きていけないと予感していたのは事実でしょう。不眠に不食は彼が自分に与えた罰だったかも。ドストエフスキーは公爵を「白痴」に戻してしまったけど、監督はトレバーに再生を与えたのね。やさしいわ。どうぞ太ってください。