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特集「銀幕のアーティスト」

2017年12月31日

特集「銀幕のアーティスト7」⑧
イングリッド・バーグマン/愛に生きた女優(2016年 ドキュメンタリー映画)

監督 スティーブ・ビョークマン

出演 ピア・リンドストローム/イザベラ・ロッセリーニ/シガニー・ウィヴァー

シネマ365日 No.2346

パラレル・ワールド

銀幕のアーティスト6-1

このドキュメントはイングリッド・バーグマンが残した日記、友人への手紙、ホームムービー、四人の子供たちの証言をもとに作られたとあります。「私は何でも残しておく」と自分でも言っているように、膨大な資料が記念館に収められました。いつも肌身離さず持って歩いたカメラ。写真が好きだったのは、両親に早く死別した彼女が、父や母と一緒にいたころを思い出させてくれる唯一の手がかりだったから。母親は3歳で、父親は13歳で亡くなった。父親は一人娘を溺愛し、いつも写真に撮っていた。だからカメラに向かうのは、バーグマンにとって極めて自然な状態だったのでしょう。すくすく育ち、のびのびと花開いた…バッシングや離婚のトラブルに足をすくわれなかった。母性豊かな女性であり、子供たちを愛し、子供たちもまた「いちばん幸せだったのは、母と一緒に寝ること」と回顧しているほど、母親が大好きだった▼ですが、娘のイザベラにいわせると「母には私たちと一緒にいるより仕事してほしかった。母が家族と楽しそうにしていながらも、退屈している気がした」と述べています。イザベラが脊柱側弯症とわかったとき「私の心臓が止まったみたい」と母バーグマンはショックを受け、あらゆる仕事を断り「病気したおかげで母は、2年間一緒にいてくれた。手術のおかげでトクした」とも。多忙だった大女優を母に持った子供たちのホンネを言っています。ロベルト・ロッセリーニとの不倫で7年半ハリウッドを離れたとき、長女のピアは父親とアメリカに残りました。バーグマンはこまめに手紙を(全部残っています)書き、ピアのことを一日たりとも思わぬ日はなかった。しかしながらこうも書いています。「あなたとパパを愛している。でも家族以外の人といたいときもあるの」。ごまかさない人なのね、バーグマンって▼彼女の演技は正統派で監督と練り上げたもので即興やアドリブが苦手だった。「ああいうことはわたしには合わない」。演技の解釈で監督と衝突することはよくあった。ヒッチコックとのそれも有名ですが、晩年のイングマル・ベルイマンとの間にも。現場にいたリブ・ウルマンは真っ向から意見が食い違った二人がしばし席を外し、ややあって「ベルイマンが先に、イングリッドが後から入ってきた」監督が説得したのだとわかった、と答えています。ベルイマンは女優をアップでよく撮った。「秋のソナタ」のときバーグマンは63歳。アップはきつい。「ファンが逃げていくかも」とためらうバーグマンにベルイマンは「なに、別のファンがつくさ」。いい監督、いい共演者に恵まれたと思います。バーグマンをイタリアからハリウッドに呼び返したのはアナトール・リトヴァク監督です。「追想」のヒロインはバーグマン以外では撮らないと踏ん張ったのです。イタリア時代、ロベルト・ロッセリーニと撮った映画はどれも成功したとはいえなかった。バーグマンは力を出しきりたくてうずうずしていた。ロッセリーニの反対をものともせず彼女はハリウッドに。7年半の空白の後、「追想」は二度目のオスカーをもたらします。ここいちばん、勝負をかけるときの強さが、並の女優とちがうのです▼シガニー・ウィヴァーがインタビューに答えています。20代で初めてギャラをもらう仕事で、原作はサマセット・モーム。主役はバーグマンだった。楽屋に入ったらバーグマンがいた。「彼女のことは生涯忘れない。地に足のついた温かい、仕事に誠実な人よ。一緒に仕事してきた中にはモンスターもいる。でもバーグマンはつねに丁寧で親切だった。私は背の高い自分の体を持て余していた。長身のバーグマンを見て、あんなふうに美しい強い体もあるとわかったの。身をかがめる必要はない。彼女はあんなに堂々としている」。バーグマンは自分のことを「世界一内気」だと言っています。映画とか舞台で、想像上の人物に成り代わること、現実から離れることで別の世界にワープできた。だから女優になったのだろうと娘たちは言います。1982年8月29日没。墓碑銘は「この女性は人生の最後の日まで演技し続けた。素晴らしい女優ここに眠る」。演技する世界とは彼女のパラレル・ワールドでした。本作の冒頭にバーグマンはこう書いています「幸せな新年が来てくれるといい。来年は何があるのだろう」みなさまの上にもひとしく幸せな新年が訪れますように。どうぞよいお年をお迎えください。一年間のご愛読ありがとうございます。明日元旦、ともに新年を祝い、お会いしましょう。