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特集「新春ベストコレクション」

2018年1月13日

特集「新春ベストコレクション」⑥
トランボ/ハリウッドに最も嫌われた男(下)(2015年 伝記映画)

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監督 ジェイ・ローチ

出演 ブライアン・クランストン/ダイアン・レイン/ヘレン・ミレン/エル・ファニン

シネマ365日 No.2359

書き続けた男 

新春ベストコレクション

この映画には書く人間同士でないとわからないセリフがあります。アーレンはトランボと共闘してきた脚本家です。肺ガンです。トランボが寝る間もなく書き続けているのを見ながら「クソ男(フランクのこと)のために徹夜か。おい、傑作じゃなくてもそれなりのものを書きたいだろ。温めているものがあるのだろ」「いくつかな。クレア(妻=ダイアン・レイン)とメキシコに行ったとき、闘牛を見た。牛が死んで観客ははやし立て興奮した。その中で3人が泣いていた。私とクレアと、前にいた少年だ。なんでだろう」「書けばわかるよ」。書く人間は書かなければ脳のメカニズムが働かないのです。書かないと考えられない。アーレンはそれがわかっているから「書けばわかるよ」とだけ言い、ゴリ押しばかりをするフランクと契約する前は「俺に相談しろよ」といって帰る。でも彼は間もなく息をひきとるのです▼トランボの名を実名で公表したのが、監督のオットー・プレミンジャーと「スパルタカス」の製作総指揮を執ったカーク・ダグラスでした。トランボを雇うなら劇場主は不買運動を起こすと脅されるのですが、「好きにやれ、俺は手を引くから始めから撮り直したらどうだ。どっちみち、スパルタカスは俺だよ」。プレミンジャーは「栄光への脱出」をトランボに持ち込んだ。「主演はポール・ニューマンだ」トランボの前に座り、1ページ仕上がるたびに目を通し「だいぶよくなったが冴えがない」とドイツ語訛りの強い英語で注文をつける。ある日プレミンジャーが来た。「一面を見ろ」と朝刊を出す。見出しにくっきり「プレミンジャーが新作。脚本はダルトン・トランボ」。トランボが温めていた脚本「黒い牡牛」は1957年オスカー候補となり受賞しました。「スパルタカス」は共産主義への抗議デモのなか公開され、プレミアを見たケネディ大統領は「いい映画だね。きっとヒットする」。カーク・ダグラスとオットー・プレミンジャーは「ブラックリストの脚本家を公然と起用しました。これは反共派への抗議です。反共派は思想を理由に芸術家を弾圧してきました」ニュースはそう伝えた。クレアが夫に言います。「終わったのね。ようやく」「そうだ」「乗り切ったのね」「ああ」▼1970年3月。米脚本家組合は、映画の文学性を高めた脚本家への賞である、ローレル賞の受賞者をトランボに決めました。授賞式にはトランボを支持してきた映画人が顔を揃えた。フランクも今日はタキシードで出席した。カーク・ダグラスが、オットー・プレミンジャーがいた。トランボのスピーチで締めくくろう。「ブラックリストは悪の時代でした。誰一人悪の手にかからなかった人はいない。個人の力では制しきれない状態に追い込まれたのです。それぞれが自分の信念によって行動せざるをえなかった。家を失い家族を失った。命を失った人もいます。あの暗闇の時代を振り返ることも必要でしょう。悪者を探しても何の意味もありません。いないのですから。いたのは被害者だけ。意に反したことを言わされ、やらされ、傷つけあった。ここにいる私の家族を見るといかに辛い思いをさせたか痛感します。理不尽でした。そんな中で妻は家族をつなぎとめてくれた。驚嘆します。こうして話しているのは誰かを傷つけるためではなく、修復するためです」。ブラックリスト入りはハリウッドで数百人。全米で数千人が不当に標的にされ、失業、破産、離婚、自殺者の中には教師、兵士、公務員とその家族がいた。1975年、トランボは「黒い牡牛」のオスカー像を自分で受け、1976年70歳で死去した。のちクレアが「ローマの休日」のオスカーを改めて代理受賞しました。その日の撮影分の脚本を朝にかきあげ、息子が自転車でスタジオに持って走る。10日後に始まる撮影に脚本がない、なんとかしてくれという注文を受けてトランボは書く。寝ても覚めても、夜も昼も、タバコをくわえ、かたわらにタンブラー、時々バーボンをすすり、指はタイプライターを叩き続けた。書くことが仕事だったから? ちがうと思います。書くことが彼を救っていたのです。

 

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