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特集「新春ベストコレクション」

2018年1月22日

特集「新春ベストコレクション」⑮
人類遺産(2017年 ドキュメンタリー映画)

監督 ニコラウス・ゲイハルター

シネマ365日 No.2368

追憶の場所

新春ベストコレクション

オープニングからエンドまで廃墟の映像のみが続く。映像は音声を発しないだけで、物語らないのではない。言語を排除した、というより強い意志で遮断したらこんな美しさが語りかけてきた、どんな美しさかはそれぞれの人が自前の感性と言葉で確かめてほしい、監督はそう突き放しています。廃墟美への圧倒的な信頼がそこにあります。廃墟とは打ち捨てられ置き去りにされ、朽ちるままに任された過去の遺構。そこは地球上のある場所。人が集まった場所。異なる言語、異なる衣装、異なる目的のために作られた建築物。奈良のドリームランドが映される。遊園地は巨大施設であるから、廃墟となった姿は悽愴ですらある。雨に打たれるままの駐輪場と乗り手の消えたたくさんの自転車。元の色がわからなくなって転がる遊具。荒れ果てた売店には棚の本や雑誌がベロベロにめくれ、床に散乱し、自動販売機は錆び付いている。そこではかつて子供たちの笑い声が響き、ハンバーガーの匂いが立ち込めていた▼映画館の廃墟。天井の剥げ落ちたホール。無人の座席。今にも何か映りそうな白いスクリーン。この殿堂で渦巻いた感動は天井の裂け目から空に消えたのか。廃墟となった病院。床の中央にある台。頭上の照明。外科手術室だろう。次は病室。鍵の外れた窓からは風が入り放題。時計は止まったまま。窓の外の中庭に丈高くなった緑が見える。無人のオフィスに筋になって差し込む光。床に散らばったファイルや紙片を、風がカサカサ音を立ててページをめくる。地面に開いた巨大なすり鉢状の穴。周りは円形の壁。ベルギーの冷却塔だ。火力発電所に付随して建設されたが、環境保全団体から抗議を受け2007年に閉鎖。冷却塔は幾何学的な優雅な造型を、朽ち果てるに任せている。ザッケ・ヒューゴ炭鉱の廃墟。ドイツ南部に位置し炭鉱の衰退とともに閉山した。無数の鳥籠のような器物が天井からぶら下がり、風に揺れ乾いた金属音を立てる。カゴは滑車によって上下する作業員たちのロッカーなのだ。ここは頼もしき生産と繁栄の拠点だった▼軍艦島。海からの風が吹き込む団地。中庭の草は荒れ放題。コンクリートの床の隙間からは草ぼうぼう。海と水平線が見える。廃墟にも太陽は降り注ぐ。絶え間ない波の音が、がらんどうの部屋から部屋を渡っていく。幻想の都市、アルゼンチンのヴィラ・エペクエン。ブエノスアイレスから西に600キロ。1985年、大雨が降り続きエペクエン湖の堤防が決壊、海抜の低かった街は湖に飲み込まれた。その後も水は引かず街は廃棄され人々は移住した。2010年アルゼンチンで起こった干ばつにより湖の水位は下降、2013年街は湖底から全貌を現わす。神秘的なまでの廃墟だった。細い通路の突き当たりはスチールのドア。狭い廊下の片側に並ぶ部屋の小さな窓には鉄格子がはまっている。独房には小さなベッドに便器。天井から光が入る二階建ての建物。中央は吹き抜けの中庭を取り囲む長方形の回り廊下。草が生い茂る刑務所の廃墟だ。誰も歩かない道は森の中に続き、深い草に戦車が埋もれている。風だけが音を立てる。壊れた橋。コンクリートの外側が壊れ、鉄の芯がむき出しだ。車の墓地。海に浮かんだまま廃墟となった軍艦。鉄道の線路。無残に荒れ果てた列車。無人の砂浜に打ち寄せる白い波。海に向かって傾いた箱のような石造りの家。海のローラーコースター。カジノピアと呼ばれる海岸の遊園地があった。2012年、東海岸を襲ったハリケーンにより沿岸部に突き出していたコースターは底板ごと海に転落、まるで初めから海に建設されていたように美しい廃墟となった。2013年撤去。ドリームランドのコースターは2016年撤去されている。廃墟とは蘇る記憶だ。地上から去った、愛する人、父や母、別れた恋人の面影、生産された栄光と繁栄と没落、プルーストの記憶のように、そこでは過去の事実が自分だけの詩に置き換わる場所。甘美にして虚無、虚無にして無垢、無垢にして頽廃、頽廃にして、なにものにも変えがたい追憶の場所。