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特集「最高のビッチ」

2018年1月23日

特集「最高のビッチ5」①ティルダ・スウィントン
エドワードⅡ(1991年 事実に基づく映画)

監督 デレク・ジャーマン

出演 スティーヴン・ウォディントン/ティルダ・スウィントン

シネマ365日 No.2369

イザベラ

特集「最高のビッチ5」①ティルダ・スウィントン

どこの国でも事情は変わらないと思うけど、イングランドも例外なくこの時期、隣国との戦争と内部の権力抗争に明け暮れていました。主人公エドワードⅡ(スティーヴン・ウォディントン)は名の通り、エドワード1の息子であり継承者。イングランド屈指の名君と謳われた父王の後だけに損はあったでしょうが、それを割引しても映画で見る限り(これじゃなあ〜)と思ってしまう。エドワードⅠは、メル・ギブソンが監督主演した「ブレイブハート」(1995)では、スコットランド側から見た、悪徳非道の支配者として描かれています。でも彼は国王としての仕事はしましたからね▼エドワードⅡの在位は1307年から20年間。23歳から43歳まで。よく20年間保ったと思うわ。本来政治や統治に向かない性格だったのね、この人。詩や音楽や楽器の演奏やらが好きで、そっちの方面なら才能を伸ばせたかも知れないけど、でも王の子として生まれちゃったのだからシノゴノ言ったって仕方ないでしょ。やるべきことは断固やらなくちゃ。でも彼はそう思わなかった。王であることはいやなことはしなくていいという絶大な権力を持っているから、王たる責務という彼にとって最大の「いやなこと」をひとつもしなかった。じゃ、なにをしていたのか、というのがこの映画なのよ▼映画は冒頭から寝室のシーンである。暗い部屋に男がふたり。その背後で男がふたり汗まみれでからみあっている、はなはだ濃厚なシーンです。ベッドに腰掛けエドワードの寵臣ガヴェストンが王からの手紙を読んでいる。ガヴェストンとは傲慢でエラソーで嫌われ者なのに、王はガヴェストンの歓心を買うためなら爵位を与え地位を与え、財産を与え権力を与え、どっぷりのめり込んでいる。なんでか、というと「全世界がわたしを愛するより、彼がわたしを愛しているから」ですって。よくわからんな。王の奥さんはフランスから嫁いだイザベラ王妃(ティルダ・スティントン)です。実際にきれいな人だったらしい。ところが夫は妻どころじゃない。王の常軌を逸したガヴェストンの重用に、さすがに批判が噴出、軍を握っているモーティマー将軍に決定を迫られ、王は泣く泣くガヴェストンを左遷する。ところが涙も乾かぬうちにガヴェストン復帰のため、頼み込んだ相手が王妃なのだ。王妃は王妃で、夫の歓心を得られるならと骨を折るが、ガヴェストンが戻るや否や夫は元の木阿弥。王妃はモーティマー将軍と結託し、王を追放する▼ここね、よくゲイに対する社会の迫害という構図がいわれるのね。迫害した王妃一派が社会の抑圧を代弁しているという見解なのだけど、当時はともかく今からこの映画をみると、王妃が怒るの、無理ないわよ。エドワードはゲイだから追われたというより、王たる任務を果たさなかったからでしょう。イザベラを演じたティルダはこのとき31歳。女優デビュー作がデレク・ジャーマン監督の「カラヴァッジオ」で26歳です。以後デレク・ジャーマン組の一人として「ラスト・オブ・イングランド」とか「ザ・ガーデン」やら「BLUEブルー」とか「ヴィトゲンシュタイン」となど、いやジャーマン監督だけじゃない、ティム・ロビンス(「ショーシャンクの空に」「ミスティック・リバー」)の初監督作品「素肌の涙」とか、とにかく一般受けするとは思えない、難しい作品ばっかりに出演していたのよ。彼女の問題意識はよくわかるとしても、女優としてのティルダの羽を伸ばさせたのはやっぱりハリウッドだと思うわ。おバカ映画の傑作「コンスタンティン」の堕天使とか、ファンタジーの「ナルニア国物語」の悪役・白い魔女とか、ティルダはのびのび、お気楽で楽しそうだったもの▼本作はでもジャーマンの映画の中ではわかりやすい作品ですよ。そのわかりやすさに一役買っているのが、ティルダのイザベラだと思うのよ。冷たい美貌でニコリともせず「わたしの愛の証です、ハイ」とブロンドの髪の先をチョンと切ってエドワードに差し出し、衛兵に「彼を殺して」。エドワードの返す台詞は「伝えてくれ、涙でなく火花を散らす鋼の目をした王妃に。わたしが閉じ込められている土牢は城中の汚物の肥溜めなのだ。その汚物や泥水の中に10日間もわたしは立っている、しかも眠らせまいとだれかが太鼓を叩く。わたしが王だからパンと水だけはくれるが、睡眠も足りず、栄養もゆきわたらず頭は変になり体はしびれている。手足があるかさえわからぬ始末だ」。伝えられるところによれば、王の処刑は肛門に火かき棒を突っ込むというすさまじいものだったとか。映画はそのシーンも撮っています▼エドワードⅡを廃位して、イザベラと愛人モーティマー将軍はイザベラの息子をエドワードⅢに就け、自分たちは摂政として権勢をふるいますが、成長した息子によってモーティマーは殺され、母イザベルは死ぬまで幽閉されました。顔を白塗りした母親と将軍を檻に入れて、その上で踊る少年の戯画的シーンがあります。息子の復讐ってこわいですね。歴史映画なのですが俳優たちのコスチュームは、イザベラのドレスを除き現代の衣服です。背広にシャツとか。簡素化した舞台仕様のセットも含めデレク・ジャーマンの、のちの「ドッグヴィル」などに影響を与えた能舞台の感覚だといわれますが、少ない予算をさらにきりつめなければならなかったから、衣装代にまで金がまわらなかったという一説があり、わたしもこっちのほうが正しいと思いました。