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2018年2月26日

まほろば映画祭「八重子のハミング」上映記念特別企画|佐々部清監督インタビュー

大盛況のうちに終了した8回まほろば映画祭「八重子のハミング」。去る216日(金)大和高田市さざんかホールへ、舞台挨拶に来場くださった佐々部清監督にお話しをお伺いしました。

 

監督・脚本とともに初めて本格的にプロデューサーにも挑戦された記念すべき作品「八重子のハミング」について、この映画に寄せる熱い想いや助監督時代のエピソードはもちろん、「シネマ365」の自社HPにて毎日更新する映画レビューを連載中の弊社 西川雅子会長からのイレギュラーな質問にも、ウィットに富んだ言葉で答えてくださいました。そんな佐々部監督の映画愛に満ちた人となりに触れられるインタビューをお届けします。

助監督時代の最後に聞いた高倉健さんの言葉「映画って何を撮ったかではなくて、何のためにつくるかが大事」。それが監督になってからの宿題。

まほろば映画祭「八重子のハミング」上映記念特別企画 佐々部清監督インタビュー
「監督の好きな映画ベスト3は?」との西川会長からの質問に、トップは「ウエストサイド物語(ロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンズ監督)」と即答した佐々部監督。「自分の映画は好きな作品へのオマージュが随所に散りばめられている」とのことで、「ウエストサイド物語」のような映画にとの思いを込めて撮ったのが「チルソクの夏」なのだとか。

 

Q.「八重子のハミング」を映画化しようと思ったきっかけについて教えてください。

 

佐々部監督:母が3年前に亡くなったのですが最後の4年間ぐらい痴呆がはじまっていて、下関にいる妹が母の介護をしていました。ところが、その妹が心療内科に通わなければならいないほど疲弊してきて、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

 

また、高校、大学時代の仲間たちと同窓会などで集まっても、酒席の最後には両親の介護の話になる。そんな自分自身の経験を踏まえて、おそらく10年後、15年後にはもっともっと深刻なことになると感じた介護に目を向けた映画が必要だと思ったんです。

 

僕が助監督時代の最後の作品は高倉健さん主演の「ホタル」という映画だったのですが、その時に高倉健さんが「映画って何を撮ったかではなくて、何のためにつくるかが大事だよね」とおっしゃったことがありました。その言葉が僕が監督になってからの宿題です。今回のこの映画に関してはこの宿題を片付けるために撮ろうと思いました。

 

 

Q.監督・脚本とともにプロデュースを手掛けていらっしゃいますが。どのような経緯でプロデューサーを務めることになったのですか?

 

佐々部監督:僕は山口県下関市出身で、原作者の陽(みなみ)さんも山口県の萩の方なんです。萩に小さな街の映画館があります。理事の方々が映画館の灯を消したくないとがんばっていて、その一人が元々教育長でいらした陽先生でした。10年ぐらい前に僕の作品の上映会を開催してくれていたときに知り合い、「今度こんな本が映画化されるんだけど」とわたされたのが「八重子のハミング」でした。その本を新幹線で読んでいたら涙が止まらなくなったことを覚えています。

 

翌年、もう一度、お会いする機会があり、映画化は順調に進んでいるか尋ねたところ「シナリオハンティングすら来ていない」とおっしゃったので、その映画会社を調べたみたら、とっくに無くなっていることがわかりました。そのことが原作者に伝わっていないことが、同じ映画を生業としている人間として悔しくて。それで陽さんに僕にこの原作をください。僕がもう一度脚本を書いて映画会社を当たります、といってスタートしたのが9年ぐらい前のことです。

 

4年間、脚本をすべての映画会社とすべてのテレビ局に持ち歩いたのですが、老年の夫婦の地味な介護の話は商売にならないと、すべてに断られました。1度は諦めかけたのですが、4年ぐらい前に製作した「群青色の、とおり道」は、上映する小さな映画館とは僕が一番馴染みがあるので、僕をプロデューサーということにしただけでしたが、その時、一緒に仕事をしたプロデューサーが「八重子のハミング」の映画化に賛同してくれたんです。じゃあ自分でプロデュースもやってお金集めも自分でやって「八重子のハミング」をつくってみようと思い立ちました。だから、本当にお金を集めるところから全部担当するプロデューサーになったのはこの映画が初めてです。

「八重子のハミング」は60歳を超えたシニアの恋愛を描いた、12年間にわたる夫婦のラブストーリー。

 

Q.介護をテーマにしていながら「八重子のハミング」では思わず吹き出してしまうユーモラスなシーンも見られましたが?

 

佐々部監督:介護が過酷なことは誰でも知っていることで、それはドキュメンタリーで山ほど発信されています。僕はエンターテイメントを撮りたい監督なので、どこかでクスっと笑ってほしいし、どこかで涙を流してほしいしと考えながら撮っています。

 

当然、この映画も恋愛映画にしようと思っていました。だから主演の升毅さんに指示したのは1つだけ。撮影期間中は「八重子さんのことを好きで好きでたまらなくいてください」と、それから八重子役の高橋洋子さんにお願いしたことは、「人が壊れていく演技をされるのだけれど、どこかに『かわいらしさ』を保つ部分が必要です」とお願いしました。どこかかわいらしさを残す八重子さんと、そんな彼女を好きで好きでたまらない旦那さんがいて、介護というファクターを通しつつも、そんな二人の日常を重ねていけば恋愛映画になると思ったんです。

 

それに、夫婦だけではなく家族を大切にしたかった。旦那さんのお母さんから、娘とその夫、孫に至るまで家族全員が八重子さんに目線を向けているということ。それから親友だったり、街の仲間がちゃんと目を向けて、愛情を持っているというところですね。僕は東京に住んでいますが、今や都会ではそんな状況がなかなかありません。でも本当はそんな家族の絆が一番大切なことだと思っています。

 

“家族”は僕のすべての映画に共通するテーマでもあります。もちろん、今、撮影中の新作もそうです。これからも僕にとって欠かすことのできない“家族”と先ほど申し上げた高倉健さんの言葉「映画って何を撮ったかではなくて、何のためにつくるかが大事だよね」という宿題を片付けられる作品を撮り続けていきたいですね。

 

 


 

撮影中の貴重な休みの日に挨拶に来てくださった佐々部監督。気さくで温かなお人柄から醸し出される優しい雰囲気と、映画製作に込める熱い想いが伝わる楽しいお話しに、時間の経つのも忘れてしまうほどでした。

 

「八重子のハミング」は昨年から20181月中旬まで日本全国104館で上映され、約10万人の観客動員を数えたそうです。100館を超える映画館での上映は日本ではなかなか難しい中、映画ファンの後押しにより104館まで広がったことについて、「本当に監督冥利、プロデューサー冥利に尽きると思いました」と、感謝の言葉を語っていらっしゃいました。

佐々部 清(ささべ きよし)監督 プロフィール

まほろば映画祭「八重子のハミング」上映記念特別企画 佐々部清監督インタビュー
佐々部監督が好きな映画ベスト2に選んだのは「祭りの準備(黒木和雄監督)」。土佐から脚本家目指して上京する主人公たちの姿が自分とオーバーラップしたとのことで、大学時代に43回も見たのだそうです。ベスト3は「ゴッドファーザー(フランシス・フォード・コッポラ監督)」。いつかあのような3世代にわたる大河ドラマをつくってみたいのだとか。

1958年、山口県下関市生まれ。

 

明治大学文学部演劇科、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)を卒業後、フリーの助監督を経て、2002年「陽はまた昇る」で監督デビュー。

 

以後「チルソクの夏」、「半落ち」(日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞)、「四日間の奇蹟」、「カーテンコール」「出口のない海」「夕凪の街 桜の国」「結婚しようよ」「三本木農業高校、馬術部」「日輪の遺産」「ツレがうつになりまして。」「東京難民」「六月燈の三姉妹」「ゾウを撫でる」「群青色の、とおり道」「八重子のハミング」を監督。

 

ほかに「心の砕ける音」(WOWWOW)、「告知せず」(テレビ朝日開局50周年スペシャル/芸術祭参加作品)「看取りの医者」(TBS月曜ゴールデン)、「波の塔」(テレビ朝日)、「痕跡や」(テレビ東京)などの数々のテレビドラマや、舞台「黒部の太陽」の演出なども手掛ける。

 

日本映画監督協会理事。