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特集「ディーバ(大女優)」

2018年4月3日

特集「ディーバ16」イザベル・ユペール③
アスファルト(2016年 群像劇映画)

監督 サミュエル・ベンシェトリ

出演 イザベル・ユペール/バレリア・ブルーニ・テデスキ/ジュール・ベンシェトリ

シネマ365日 No.2438

女の影

特集「ディーバ16」イザベル・ユペール

「タイムレス」にはどうしても取り上げたかったイザベル・ユペールです。廃業しかけている売れない女優、ジャンヌ(イザベル・ユペール)が、同じ団地に住む高校生シャルリ(ジュール・ベンシェトリ)相手に、演出家に送るデモ用ビデオを撮っている。シャルリがダメを出す。なかなか厳しい。ジャンヌが希望する主役ポッペアは「無理だ、彼女は15歳だよ、アグリッピナがいい」。ジャンヌは未練がある。「アグリッピナは90歳よ。私はもっと若い」「舞台に上がれば大丈夫さ。アグリッピナは悪役だし最高だ。他の役はみな退屈だ」。ジャンヌはセリフの練習を始めるが調子が出ない。窓の外で変な声がする、「あれ、何?」シャルリは意に介さず「トラだよ」「?」「昔サーカスが来たとき逃げ出したんだ」。ジャンヌがセリフをいう。「それじゃダメだ。朗読調だ。古典劇だからかえって普通がいい」「セリフも覚えていないし。私、バカみたい?」▼ジャンヌは過去の女優のなれの果てだ。自信のかけらも残っていない。シャルリは「1週間前、君に初めて会って、君の部屋で君の映画を見ていい演技だと思った。君はいい役者だ。ゆっくり準備して。今は演出家のことは忘れろよ」。ジャンヌは落ち着き自分を取り戻していく。イザベル・ユペールは「このシーンがいちばん好き」だとインタビューで答えています。舞台はフランス郊外の幽霊屋敷のような団地。自称写真家のスタンコヴィッチは団地の1基しかないエレベーター修理費の供出を拒否する。彼は2階だからエレベーターはいらないってわけ。修理反対派は彼一人。賛成派は「わかった。じゃ俺たちで金を出して直すから、君はエレベーターを使わないでくれ」。スタンコヴィッチは了解する。ところが室内トレーニング・マシーンで99キロを走り、脚を痛め車椅子。住人の目を盗み、夜になると病院の自販機の食べ物を買いに出る。そこで夜勤のナース(バレリア・ブルーニ・テデスコ)に会う▼アルジェリア移民のマダム・ハミダの息子は服役中。団地の屋上に宇宙飛行士が不時着した。言葉は通じないが「やさしそうな目」をしている青年ジョンを、ハミダは心安く部屋に入れてあげる。ジョンはNASAに連絡した。NASAのフランス語を話せるスタッフがハミダに伝えた。「迎えに行くまで、そこにおらしてやってくれ、誰にも彼のことを言わないで」こうして3組の見知らぬ者同士が巡り合った。酒を飲んで帰ってきたジャンヌをシャルリが介抱する。ジャンヌは「アントワーヌ」と呼ぶ。「誰だい?」「私の男よ」「どこにいるの?」「…」「死んだのかい?」「彼のそばで寝たい」眠り込んだジャンヌのそばにシャルリが寄り添う。目が覚めたジャンヌは、眠るシャルリの髪を撫でる。ジャンヌの孤独がやさしい旋律のように胸に沁みます。涙ぐんでしまいそうなシーンです。「人はふだん表には出さないけど、それぞれが孤独を持ち、それがふとした日常の、何かの拍子に現れる」とユペールは述べていますが、このシーンがそれです▼君の写真を撮らせて欲しいというスタンコヴィッチにナースは本気にしない。「哀れな夜勤看護師をバカにしているのね」「ちがう。君は綺麗だ」。夜勤の休憩時間に来るといったスタンコヴィッチはその夜、背広にネクタイを締め精一杯おしゃれして出かけた途端、エレベーターに閉じ込められる。必死の形相で車椅子を壊してまで脱出した彼は、痛む足で夜を徹して病院まで歩く。夜明けになっていた。「おはよう」「昨夜こなかったわね」「すまない」「歩けるの?」立つだけでヨレヨレだ。男は言い訳せずカメラを向ける。「笑って」「笑えない。笑わせて」「写真家というのはウソだ。世界中を旅したのもウソだ。この近くの団地に住んで病院の自販機でスナックを買っている。カメラにフィルムも入っていない」ナースは笑ってしまう。ハミダは得意のクスクスをジョンに食べさせる。どっちもが片言の会話で「おいしい」「ジョン、宇宙ってどんなところ?」「海に似ている」ジョンは紙に描いて説明する。「海の中にいるみたいだよ。ギリシャでは宇宙の星は小さな穴で、その穴から神々が見ていると考えた。暗い宇宙の中で、僕はこの暗闇の後ろに眩しい光があると考えるのが好きだ」ジョンとハミダの息子は同じ年くらいだ。「子守歌で私が寝かしつけたのよ」ハミダはサビのある声でアルジェリアの子守歌を歌う。ジョンが拍手し、今度は自分が歌う。ハミダが耳をすます。このシーンもいい。NASAから迎えが来た。ヘリコプターに乗り込むジョンに「クスクスよ。途中で食べて」とハミダが小さな弁当を渡す。ジョンが抱擁する映像が詩的で美しい。ラストシーンは風に揺れる木々の梢、無機質な低い建物、無人の町、廃墟のような団地に大きなゴミ箱。ミケランジェロ・アントニオーニの「太陽はひとりぼっち」のラストを思い出しました。あの映画はアントニオーニの鉄板のような孤独だった。本作は同じ風景を扱っていますが、出会いとは、小さな穴から見ている神々の賜物なのかと思わせるやさしさがあります。ジュール・ベンシェトリは監督の息子。5歳で母マリー・トランティニャンを亡くしています。つまりジャン=ルイ・トランティニャンの孫です。それにしてもイザベル・ユペールといい、バレリア・ブルーニ・テデスキといい、虚しさに包まれてなお生きる女の陰影を演じて、胸に迫りました。