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特集「ディーバ16」

2018年4月8日

特集「ディーバ16」イザベル・ユペール⑧
未来よ こんにちは(2017年 家族映画)

監督 ミア・ハンセン=ラブ

出演 イザベル・ユペール/アンドレ・マルコン/ロマン・コリンカ

シネマ365日 No.2443

前進あるのみ

ディーバ16

踏んだり蹴ったり、とはこれをいうのね。高校の哲学教師ナタリー(イザベル・ユペール)は充実した毎日だった。同じく哲学教師の夫ハインツ(アンドレ・マルコン)と娘に息子。食卓では「天上の星とわが内なる道徳律」(カント)とか「ギュンター・アンダーソンの仏訳が出た」(哲学者でハンナ・アーレントの最初の夫)とかいう話題が交わされる。授業でナタリーは「もし神々からなる人民がいれば民主制をとるだろう。これほど完全な政府は人間には適しない」とジャン=ジャック・ルソーの「社会契約論」を暗誦する。元教え子のファビアン(ロマン・コリンカ)が学校を訪ね「高校時代の思い出は二つ。一つは父を看取った病室。一つは哲学の面白さを知った先生の授業」といってナタリーを喜ばせる。彼はフランクフルト派の行動家として、思想を同じくする仲間と山奥に引っ込んで執筆に専念するそうだ。夫はファビアンが嫌いだ。「必要なときだけ君に甘え、邪魔になれば排除する」▼ナタリーの仕事と頭の中は理路整然としているが現実はトラブルの山。母親はひっきりなしに娘のケータイを鳴らし、週に3度も救急車で運ばれる。娘は思い余って施設に入れる。やれやれ。次は夫だ。「好きな人ができた」「なぜ私にいうの? 黙っていればいいじゃない」「一緒に暮らすのだ。離婚してくれ」。足元の地面が揺らぐ。気分を変えようと映画館に入れば変態男に付きまとわれる。母親の愛猫パンドラを引き取る羽目になった。「猫アレルギーの私がどうして…」。彼女の監修するテキストが「一般受けするカラフルな表紙と、内容の改編も」と出版社が言ってくる。堅苦しくて売れないそうだ。母親が急死して、ファビアンのいる山奥にパンドラを連れて行くことにする。彼は歓迎してくれたが周りは若い仲間ばかり。ナタリーお気に入りのファビアンなのに「思想と行動を一致させねば。先生は違う。一致するのは個人の領域だけだ。価値観を変えるほどの行動はせず、生き方を変えるほどの思想も持たない。デモや請願をすれば政治参加した気になって良心を責めずに暮らせる。都合のいい人だ」。一刀両断にされた。ファビアンには恋人もいる。ナタリーは夜パンドラの背中を撫で、抱いて泣き、翌朝パリに戻る▼娘が結婚し子供が産まれた。ナタリーは大喜び。産院には元夫も見舞いに来た。差し障りのない会話を交わし「じゃ」と去る。「やっと帰ったわ」せいせいしたようにナタリーがいう。そしてよせばいいのにまた山奥にファビアンの合宿所を訪ねる。「グルノーブル大学の講師をテキストの収入で今のところやっていけるが、子供が生まれたら苦しい」。彼の話題は生活臭を帯び哲学どころではない。パンドラを押し付けナタリーは山を降りる。娘が里帰りした。ハインツも来た。ナタリーは赤ん坊を抱いてあやしながら元家族を眺める…ミア・ハンセン=ラブ監督の作品には初夏の木陰のそよ風か、春の小川のようなサラサラした感触があります。アランの「幸福論」でいえば「人生は欲望があれば幸福でなくとも期待で生きられます。幸福を手に入れる前こそ幸福なの」だから、ナタリーは今まさしく幸福なのか。小さな体に大きな頭、ぼんぼりのついた爪楊枝のような細い体でせかせかと歩くナタリー。未来なんて前進あるのみ。わき目もふらぬ、どこかコメディっぽいヒロインについ目がはなせなくなってしまうのです。