女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

スポーツ

2018年4月13日

郡山再発見ウォーク 体験リポート~外堀跡から郡山城天守台へ~

ガイドさんと歩く歴史の足跡

郡山再発見ウォーク 体験リポート~外堀跡から郡山城天守台へ~

 

JR郡山駅の切符には、駅名の前に(関)の文字が印刷されているのを知っていますか?」定期的に開催される郡山再発見ウォークの第七回目は、ボランティアガイド歴8年という楠本宣敏さんのこんな郡山トリビアから始まりました。

 

実は「郡山」という駅名はJR線の中に二つ、福島県とここ奈良県にあるそうです。明治40年以降、同じ駅名が二つあっては具合が悪いと当時の鉄道院は「大和郡山」への駅名変更を持ちかけましたが、地元の人々は歴史の古さを訴え決してゆずらなかったとか。以来苦肉の策で切符に関西本線の(関)の文字をいれることにしたそうです。「郡山っていうのはそれだけ歴史が深く、人々も誇り高いんですよ」

 

当日は絶好のウォーキング日和、参加者は予約なしで到着順に各班に分かれます。続々と集まった人々はあっというまに100名近くになりましたが、ボランティアスタッフの手際よい誘導で、8班に分かれそれぞれ担当のガイドさんと時間差での出発となりました。昨年整備された郡山城天守台を見物し、各時代の郡山を感じながら外堀を歩く7キロコース。平日の午前とあって参加者の年齢層はやや高めですが、楠本さん率いる我が班は、皆さんウォーキングシューズにリュック、帽子と準備万端「誇り高き人々の育てた深い歴史探索に、いざ出発!」です。

 

かつての外堀にそって復元された外堀公園入口の冠木門(太い二本の柱に横木を渡した様式)の複製をくぐりながら「高さは現代の車両が通れるよう調整してあるんですよ」との説明に「なるほどー」と一斉に見上げる一同。通り慣れた道もガイドさんの案内があることで、見え方が違ってきます。

「特製ファイル」でイメージ力アップ!

郡山再発見ウォーク 体験リポート~外堀跡から郡山城天守台へ~

 

大正9年に大日本紡績として設立され、昭和39年の操業停止までたくさんの人々が集まり郡山に活気をもたらしていた大日本工場跡を示す大きな碑の前では、楠本さんの手元でガイドさん特製ファイルがささっと広げられました。

 

見やすい図表や拡大写真が収められているファイルを見ると、かつての紡績工場の位置や様子がよくわかります。このファイルはその後も要所要所で活躍し、私たちの理解を助けてくれました。ガイドさんと歩く一番の楽しみはこういう部分にあるかもしれません。

 

郡山城天守台跡では、城作りのため急遽集められた県内各地からの転用石の数、なんと数千というお話に城づくりのすさまじい勢いを感じました。

柳澤神社前では、柳澤家ゆかりの柳里恭(りゅう りきょう)が篆刻、琴、三味線その他諸芸に通じ、作家司馬遼太郎氏に「東洋のレオナルド・ダ・ビンチ」と評されたと知り、大いに親しみが湧きます。

 

戦国時代から江戸時代、大正や昭和に至るまで郡山の歴史は想像以上に深く、今回初参加の郡山市民の女性は「もう30年以上住んでいるけれども、知らないことばかりでびっくりしますね」と語っていました。

 

さてゴールでもあるスタート地点へ向かおうとした時、脇を通る一台の乗用車を見送った楠本さんがひと言。「今運転していたのが柳澤家の御当主ですよ」

慌てて振り返ったメンバーは口々に「子孫や、子孫や」とつぶやき、郡山の歴史の深さを実感したのでした。

 

郡山の再発見ウォークは大和郡山ボランティアガイドウォークとして定期的に行われる予定です。詳しくはこちらよりご覧ください。(郡山ウォーキング年間計画PDF)