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特集「頑張るドイツ映画と女性監督」

2018年4月23日

特集「頑張るドイツ映画と女性監督2」⑤
素粒子(2007年 家族映画)

監督 オスカー・レーラー

出演 モーリッツ・ブライプトロイ/クリスティアン・ウルメン/マルティナ・ゲベック/ニーナ・ホス

シネマ365日 No.2458

美しい虚無

特集_頑張るドイツ映画と女性監督0423_26

地味だけどとてもいい映画。ドイツにはこういう作品が多いですね。異母兄弟の兄ブルーノ(モーリッツ・ブライプトロイ)と弟ミヒャエル(クリスティアン・ウルメン)が、閉鎖的・独断的な生き方から社会と人に心を開き、誰かとともに生きる幸せに導かれる。すごいと思ったのは「誰かと生きる」がたとえ妄想でも幻想でもいいのだとした、監督の捉え方です。ブルーノとの暮らしを夢見たが、不治の体である自分が重荷になってはと恋人のクリスティアーネはベランダから飛び降りる。鳴っている電話がブルーノからだと彼女は知っている。でも跳んでしまった。ブルーノは彼女を失くし、再び心を病み死人同様になる。病室から出たら、エレベーターの前に車椅子に乗った女性がいる。振り向いたらクリスティアーネだった。ブルーノは歓喜して彼女の膝を抱きしめ涙で言葉にならない。看護師たちが見たのはしかし、廊下に一人うずくまり、うつむいて泣いているブルーノだけだった▼奔放な母親ジェーン(ニーナ・ホス)が育児放棄して彼らが育ったのは施設。兄弟は他人と円滑な関係を維持できない大人となる。ブルーノの大脳は性的妄想ではちきれ、教師であるが授業に身が入ればこそ、女生徒と頭の中のセックスにふける。妻は赤ん坊を連れて出て行った。ミヒャエルは天才的な分子生物学者だが、彼に想いを寄せる幼馴染のアナベル(フランカ・ポテンテ)の気持ちにも反応しない。彼女から来たたくさんの手紙は封も切らずブリキ箱に突っ込んだまま。祖母の墓を移動するため元自宅に帰ってきたミヒャエルは、自分もまたアナベルを愛していたことに気づく…と書くとマア、内省的で世間に混じりきれない兄弟と思うかもしれないけど、監督が描き出すのはそんな甘いものではないですよ▼ブルーノは変態のダメ男だし、ミヒャエルは折紙付のエゴイストだ。冷たい。女の一途な純情を相手にせず、研究に打ち込んだ。こんな情のない男、天才的な頭脳がなんぼのもんじゃい。監督は愛情運に見放されていた兄弟に、やっと自分をわかってくれる相手を巡り会わせる。それがクリスティアーネとアナベルだ。しかしどこまでもこの兄弟は不運だ。クリスティアーネは尾骶骨の壊死が進み治療不能、一生寝たきりの体となり、アナベルは子宮ガンの発見の遅れのため、身ごもったミヒャエルの子は中絶せざるをえない。その上まだ転移があった。神も仏もないのかと言いたくなる境遇で、兄弟が見出したものはなに。ミヒャエルは手術後のアナベルに「治るまでそばにいるよ」という。彼は将来を嘱望される遺伝子研究で、アイルランドの研究所の教授となっていた。兄は病院に入院したままだ。快晴の日、弟はアナベルを伴い、兄の見舞いに行き、ドライブに連れ出す。陽光の降り注ぐ海辺で、家族連れが休日を楽しんでいる。「アイルランドに来ないか、僕たちと一緒に暮らさないか」と提案する弟に、兄は隣を見る。4つ並んだ椅子の一つが空席だ。そこには彼だけに見えるクリスティアーネがいる。彼女はそっと首を横に振った。「僕はここにいる」と兄。彼はその後一生を病院で過ごしたが、とても幸福そうだったという▼兄弟は人生に弄ばれ、社会の居場所はむろん、心の安らかさも見いだせなかった。最愛のクリスティアーネは自殺し、アナベルの余命も多分長くはないだろう。それでも彼らは愛を知ることによって人生と和解できたのだ。ハリウッド的ハッピーエンドではないが、精神の袋小路にさし込んだ一筋の光を私たちは感じる。一緒にいた時間がたった数日でも数ヶ月でも、数年でも、時間や年月もさることながら、相手から自分自身に寄せた深い思いを得たことによって、人は生きる力を見出せるのだ。