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特集「頑張るドイツ映画と女性監督」

2018年4月24日

特集「頑張るドイツ映画と女性監督2」⑥
アイヒマンを追え ナチスが最も畏れた男(2017年 社会派映画)

監督 ラース・クラウメ

出演 ブルクハルト・クラウスナー/ロナルト・ツェアフェルト/リリト・シュタンベルク

シネマ365日 No.2459

フランクフルト裁判前夜

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フランクフルト、1950年代。テレビでフリッツ・バウアー検事長がインタビューに答えています。ここはドキュメントです。「ドイツ人の誇りは奇跡的な経済復興と、ゲーテやベートーヴェンを生んだ国であることだ。一方でヒトラーやアイヒマンを生んだ国でもある。どんな日にも昼と夜があるように、どの民族の歴史にも陰と陽の部分がある。私は信じる。ドイツの若い世代なら可能なはずだ。過去の歴史の真実を知っても克服できる」。「顔のないヒトラーたち」で、若い検事(架空の人物)が、自国の戦争犯罪を裁くジレンマに苦しむ、彼の苦悩を理解し、我慢強く長い調査と戦いを共にする上司がフリッツ・バウアー検事長でした。アウシュビッツの巨大な闇は、フランクフルト裁判によって歴史の前に姿を現すのですが、本作はその前夜が舞台です▼復興に沸くドイツで戦争の記憶が風化されようとしているとき、フリッツ・バウアー検事長はナチスの戦争犯罪の告発に執念を燃やしていた。しかしドイツ政府の要所、要所には元ナチの残党が中枢を占め検察の内部さえ敵中だった。ある日大物戦犯アイヒマンがアルゼンチンに潜伏している情報が届く。差出人の娘がアイヒマンの息子と交際中だという濃い情報だった。妨害を顧慮したバウアーはこの情報をイスラエル諜報特務庁(モサド)に提供した。国家反逆罪に問われかねない危険な行動だったが、確実な証拠次第でモサドは動く確証を得た。アイヒマンはモサドによってイスラエルに連行され、1961年4月から裁判にかけられ、12月に死刑判決がなされた。執行は翌年5月でした。この映画で終始疑問だったのは、バウアーを駆り立てた原動力は正義への情熱だけか、という点でした。彼はユダヤ人であり、ゲイだった。ナチの暴走に抵抗できなかった後悔と慙愧もあったかもしれない。マイノリティへの非道な暴力が、彼の怒りの沸点だったのでは。生々しい感情のエンジンがなければ人間は戦えない、そこがイマイチ曖昧だったように思います。ゲイの恋人を助けるために、クラブの歌手ヴィクトリア(リリト・シュタンベルク)が、バウアーの部下の検事、カールを誘惑し、その写真をネタに恋人の釈放を強要する。当時同性愛は監獄行きだった。カールは自首し、バウアーはこんな間違った社会のために戦うと、信念を新たにするところで映画は終わります▼アイヒマンとアウシュビッツ裁判については「ハンナ・アーレント」という重い問題提議作があり、アイヒマンが体現した悪は、どんな悪だったのか、その悪はどのように人間に作用したのか、を追求した力作です。「ハンナ・アーレント」の徹頭徹尾の思想劇に対して、私が鈍感なせいもありますが、ナチとアイヒマンと戦争の悪と悲しみが、胸に突き刺さるシーンがありませんでした。共感したのは、恋人を助けるためどんな手段も取ってやるわ、という男娼の体当たりです。彼に扮したリリト・シュタンベルクは「ワイルド私の中の獣」で、狼に恋した女を演じ、瞠目させた女優です。どんなシーンでもいいから、本作に「言葉もでない」激しい揺さぶりがあれば、終始静的で抑制的な本作にもっと共鳴できたのに。多分監督のインテリジェンスが邪魔をしたのでしょう。