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特集「頑張るドイツ映画と女性監督」

2018年4月26日

特集「頑張るドイツ映画と女性監督2」⑧
MON-ZENもんぜん(2002年 社会派映画)

監督 ドーリス・デリエ

出演 ウーヴェ・オクセンネヒト/グスタフ=ペーター・ヴェーラー/アニカ・ドブラ

シネマ365日 No.2461

門に入り、門を出る

特集_頑張るドイツ映画と女性監督0423_26

ドーリス・デリエ監督の真摯な日本理解に好感度抜群。低予算のためハンディカムで撮られた新宿や渋谷の雑踏が、まるで外国の知らない街みたいで新鮮だ。主人公は妻と子供に逃げられたビジネスマン、ウーヴェ(俳優名と役名はみな同じ)と、彼の弟で知日派の風水コンサルタント、グスタフ。禅寺に研修に行くという弟と、一人でいたくない兄はともに東京に来る。目的地は石川県、曹洞宗大本山総持寺だ(以下門前)。ホテルに着いてから夜の東京散策に出たのはいいが、道に迷い、クレジットカードは日本語が分からず、操作ミスで戻ってこず、有り金使い果たし墓場の段ボールで一夜を明かす。朝イチにデパートに来て兄貴は簡易テントを万引き、空腹に耐えかねた弟は寿司屋で食い逃げ、交差点ではぐれたまま、うろついていたところをドイツ人のデザイナー見習い、アニカに助けられる▼アニカは日本人デザイナーの弟子を志望し、オーデションに落ち続けているが、それでも夢をあきらめない。ドイツ人男たちを、自分がバイトするビヤホールで働かせ、やっと門前までの旅費を工面した。乗り換えること5回。在来線で小さな駅に降り立つ。総持寺入門。二人の修業ぶりが後半のメーンテーマだ。翌朝3時半、起床を告げる振鈴とともに起き、兄弟は褌を締め、刺すような寒さの中で水に打たれ、水風呂で身体を清めたら夜明けの座禅。ときおり警策がバシッと音を立てて背中の緩みを正す。経典をパラパラさせながら転読。ご祈祷し掃除。一直線に廊下を雑巾がけするのだ。小太りな弟は何度も転び悲鳴をあげる。雑巾がけの次は広い庭の掃き掃除。たちまちうずたかい落ち葉の山ができる。これを毎日やる。汚れてもいないのになんで掃除するのかとブツブツ言うドイツ人ふたり。しかし一旦禅寺に入ればなぜもヘチマもない、問答無用なのだ。背中は痛む、足は疼く、全身の骨がバラバラになったようだ。食事はおかゆに野菜。布団に転がり込んだと思えば、たちまち振鈴が鳴り響く。昼は托鉢である。門前町の町屋を訪い経をあげ、お布施をいただく。厳しいプログラムを追っていくうち、心が洗われるような気がしてくるから不思議です▼兄は妻と子供に捨てられた、妻を恨まずにはおれない、教義をどう実践すべきかわからないと寺務長に打ち明けた。「他人を見るときは他人も自分と同じなのだ。恨むなら寝食を絶って寝ても覚めても恨みなさい。すると恨みは消え、恨みからは何も生まれないとわかる」。弟は失敗を恐れていると告げた。寺務長は「失敗も一つの現実だ。仕方のないことだ。お茶をこぼすとばかり心配していると、茶碗のぬくもりや茶の香りに気づかない。失敗するまいと、恐れや心配に心を奪われると、備わっているものに気がつかない」。兄弟たちは徐々に禅寺の修業に余裕が生じ、修業僧たちと菓子をつまんで笑い合うこともある。やがて修了となった。僧侶一同に見送られ寺の門を出る。久しぶりにお湯の風呂に浸かり手足を伸ばす。帰りの電車で「僕はゲイだ」と弟は打ち明ける。「そうか」兄貴は泰然。東京に着いた。兄貴のテントを張り、一つ灯火の下でふたりは経をあげた▼ひとつも誇張がありません。兄貴は妻に逃げられても仕方ないほど横暴なエゴイスト、弟は頼りない中年男。そんなふたりが禅寺でどう変わったか、監督は触れません。日本文化がどうのこうのという知ったかぶりも、物見遊山的興味もない。見終わった後、人生に何かを求めその門にはいった彼らに、国境も言葉の違いもなく、日本の隣人のような友情を感じました。