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特集「頑張るドイツ映画と女性監督」

2018年4月30日

特集「頑張るドイツ映画と女性監督2」⑫
東ベルリンから来た女(下)(2013年 社会派映画)

監督 クリスティアン・ペツォールト

出演 ニーナ・ホス/ロナルト・ツェアフェルト

シネマ365日 No.2465

希 望

特集_頑張るドイツ映画と女性監督0427_30

アンドレにも過去があります。大病院に勤務中過失事故で患者二人を失明させた。しかし彼は田舎の病院に転勤させられた後、コツコツと働き、安給料の中からお金を貯め、独自に研究できる機器を揃えていました。初めて彼の家でそれらの、最低限度の検査ができる設備を見て、バルバラは驚いたに違いありません。いつか出奔する自分は人間関係も回避し、孤立する頑なな態度を崩そうとしなかった。仕事さえすれば文句ないでしょ、といわんばかりの彼女の態度は、上司・同僚、医師・看護師から総スカンを食っていた。しかもアンドレは、秘密警察の職員でバルバラを付け回す、担当官の母親を往診してまで診ているのだ。あんなゲスな男でも助けるのかと訊くバルバラに「患者なら誰でも診る」と彼は答える▼バルバラが東に残った理由は「希望」でした。医師になるために生まれてきたようなアンドレを見ているうち、バルバラの心に、クソミソにこき下ろしていた貧しい国家の田舎病院の仕事に、医師としての責務と能力が求められていることを知る。虐待され妊娠させられ、頼る家族もおらずバルバラだけにすがったステラがいたように。統制の厳しい病院に頼らず、できることは自前で切り開こうとする、アンドレのような医師もいるではないか。結婚したら養ってあげるというヨルクの言葉に、バルバラが喜んだふうはありませんでした。不足だらけの中で、もがいてでも能力を開花させる生き方のほうが、バルバラのような女性には適っていたと思える。ひょっとしたらこの東の国にも、自分が望む医師としての活路はあるのだ。たった一人だけれどアンドレという心を開ける味方もできた。そう考えるのは監視と密告が日常の社会主義体制下で、楽観的すぎるかもしれません。しかし時代はベルリンの壁崩壊の9年前です。社会の変わる兆しはあったと思えます。彼女は、行く手に明るみを見出したからとどまったのであり、自己犠牲ではないのです▼豊かさとはなんだろうと思うのです。人をスポイルするのは豊かさではなく、献身や、人のために何かをするという、素朴な目的を失ってしまうことではないかと。手術の日にバルバラは来なかった、彼女の部屋はもぬけの殻で、アンドレは密出国した確信を持ちます。秘密警察の男も「二度と戻らない」と請け合う。アンドレは病院に戻り、手術後の患者のベッドのそばに付き添う。そこへバルバラが姿を現し、アンドレの向かい側に黙って座り、患者の容態を見る。バサッと暗幕が垂れるように映画は終わります。深い余韻だけが残されました。