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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2018年5月12日

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力7」①
悪魔のリズム/グアンタナモ収容所の真実(2008年 社会派映画)

監督 ヴィテェンテ・ペニャロッチャ

出演 ルパート・エヴァンス/ナタリア・ベルベケ/エリカ・プリオール

シネマ365日 No.2477

吉崎道代という人の仕事

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力7」

美しいとは言い難いですが、映画の大半が主人公マシューズ(ルパート・エヴァンス)の妄想です。彼は記憶を失ってハバナの海岸に打ち上げられ、キューバの青年に助けられ、彼の妹マヌエラの手当てを受ける。マシューズの手首に囚人の痕があり、病院に連れて行くのはやばい、と青年が判断したからだ。マシューズという名も終盤近くになって明らかになる名前で、それまではイェブと呼ばれる。マヌエラはクラブの踊り子だ。彼女のパトロンである中年男ギドが、イェブを見て対抗心をあらわにし、彼を放逐しようと脅したり、と思うと親切に世話をしたりする。グアンタナモ収容所における捕虜虐待の実態が映写される。拷問の繰り返し。イェブは死にかけるし、隣の檻に入る初老の捕虜は自殺未遂を図る。拷問をされたくなかったら死ぬより他にない▼イェブは悪夢にうなされ、収容所の日々がよみがえる。隣の檻の年取った囚人に「いつも同じ絵を描いているが、それはなんだ」と尋ねる。彼は地べたの砂地にいつも大きな円を描き、円の中に小さな円を描き、いくつもの円がだんだん小さくなっている絵だ。「これは人生だ」と老人は答える。「最初は時間がいっぱいあるから円は大きくて未来がいっぱいあり、すべてが可能だ。やがて時とともに時間を費やし円は小さくなっていく。人は諦めることを覚え、夢を忘れてしまう。最後に残るのは小さな点だけ。それも風が吹けば跡形も残らない」。そういううちに風が吹いて、小さな砂粒は消える。イェブは顔を布で覆われ、大量の水をホースでぶっかけられ、布が縮み窒息死する寸前にかろうじて呼吸する隙間を与えられ、寸秒を置いてまた水攻めにあう。冷酷な女看守(エリカ・プリオール)が拷問官だ。彼女はシャツを脱いでイェブの背中に張り付いたりして挑発する。囚人は残酷さを弄ぶ玩具なのだ▼徐々に体力を取り戻したイェブは町を歩きたいとマヌエラに頼む。5歩後ろを歩くこと、何かあれば知らぬ顔をして立ち去ることを条件に、マヌエラは外出を許す。イェブは踊り子たちのダンスのレッスンを見て、マヌエラの健康な、官能的な肉体に魅せられる。こんなことをいくら書いていても仕方ないからネタバレすると、長々とスクリーンで映されるイェブの拷問は嘘っぱちだ。彼は米兵で、収容所の捕虜を拷問する立場の人間であり、名前はマシューズ。ことの発端は収容者の自殺だった。「人生の円」を描いていた囚人が自殺を図り死んでしまった。厳しい拷問を止めようとしなかったマシューズは「私は彼を見殺しにした」と良心の呵責に耐え切れなくなり脱走した。マシューズの上官というのがマヌエラのパトロンとして妄想の中に現れる。正味、この映画で実在といえば、イェブを助けたマヌエラの兄、マヌエラと死んだ囚人だけではないか。サド女の看守もイェブの妄想の産物だ▼この人の名前は覚えておくべきだと思う。本作のプロデューサー、吉崎道代。ロンドン在住の映画製作者で、「パニック・トレイン」「オスカー・ワイルド」「チャイニーズ・ボックス」「ザ・ブレイク」など低予算でテンションの高い、社会派の作品を作っている。英国に住む日本人のために「終の住処」を作ろうと努力していることを聞いたことがある。本作は長い間、秘密のヴェールに包まれていたグアンタナモ収容所の実態解明を扱ったものだ。妄想と実態の混在が映画の力を弱くしているのが難だが、ハバナの旧市街の劣悪な環境や建物、狭隘な街路に立ち込める貧しさの様相など、シャープな視点が観光地の美しい風景より見せる。マヌエラのナタリア・ベルベケは「ドット・ジ・アイ」の後に本作、この後「屋根裏部屋のマリアたち」で俄然注目を集め、第二のペネロペ・クルスといわれています。