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特集「美しい虚無-妄想映画の魅力」

2018年5月20日

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力7」⑨
虹泥棒(下)(2016年 ファンタジー映画)

監督 アレハンドロ・ホドロフスキー

出演 ピーター・オトゥール/オマー・シャリフ/クリストファー・リー

シネマ365日 No.2485

虹を盗んでしまえ

特集「美しい虚無=妄想映画の魅力7」

本作のキーワードは「水」と「虹」と書きました。どっちも流れ去り消え去るものです。メレアーグラは迎えに来たディノに「来てくれると思っていたよ」とニッコリ。洪水に飲まれそうになりながら、どこまでも浮世離れしています。ディノは鉄砲水をかいくぐり、下水道をさまよった挙句、やっとのことで地上に登れるハシゴにたどり着く。早く来い、上がれと手を伸ばしたディノの手を、でもメレアーグラは離してしまう。というより、地上に上がる気はないのです。現実世界で生きていけないことを彼は知っている。下水道の狭い、暗い空間こそ自分の妄想を描ける世界でした。ディノはよき友だった。多分自分が文無しであっても、彼の態度は変わらないだろう。でも根本的に違っているのは、彼は外の世界、昼の世界、人の世界で実業(たとえ泥棒でも)をしながら生きて行く人間で、メレアーグラは地下の世界、夜の世界、人と交わらない世界で妄想によって生きていく人種だったことです▼メレアーグラという存在そのものが虚無なのです。ディノはマンホールを開けて地上に出る。メレアーグラは死ぬ。豪雨の止んだ街は普段の活気を取り戻し、人々は嵐が吹き飛ばしたガラクタで覆われた通りを片付け始めた。ディノはフラフラと波止場の桟橋に行く。いつもはここで、浮いた魚をすくい上げて食べ物にしていたのだ。犬の声が聞こえた。「クロノスじゃないか。生きていたのか!」。ディノは歓喜してクロノスを連れ、桟橋を歩いて行った。空に大きな虹が出ている。ディノお気に入りの歌は盗んで蓄音機で聞くエディット・ピアフの「水に流して」だった。この映画では何もかも水に流れた、もしくは水に流したのです。命も金も財産も夢も。まるで仙人のようだ。執着して生きるのは愚かなことか。希望を持つのは無意味なことか。現実は醜く、生きがいのない世界には違いない。そこでもがくのは下水道に浸りながら泳ぎ切ろうとしているようなものだ。周りには汚物が浮き、ネズミの死体があり、腐臭に塗れる場所でしかない。そここそがメレアーグラが快適に暮らした場所だった。現実とはこんなものだ。彼はまるで精神的ドラキュラである。現実の太陽の前には消えるしかないのだ。虹のように▼しかしここに、ディノという強烈な現実体現者がいる。金は盗む、物品はちょろまかす、食べていかねばならないが勤勉に働くのは拒否する。干渉を受けず、その日その日を生き延びて行きさえすればヨシとするのである。ドラキュラとは基本的に不労所得者だが、ディノもまたその血を引いている。ディノとメレアーグラは同じ世界の表と裏に住む逸脱者なのだ。そんなふたりが一人は虹に向かって、一人は水に流れていく。逸脱者のこの生きづらさ、はかなさ、それならいっそ虹を盗んでしまえ…クロノスという犬の名前も象徴的です。「時間」ですね。クロノスを連れて、明るく歩き出したディノに、この映画のどこかで響いている「希望」を聴きとります。