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特集「最高のビッチ」

2018年5月21日

特集「最高のビッチ6」①へディ・ラマー
春の調べ(1931年 社会派映画)

監督 グスタフ・マハティ

出演 へディ・ラマー

シネマ365日 No.2486

あとから来るビッチへ

0521_25最高のビッチ6

「初めてスクリーンで全裸になった女優」ばかりで有名になったけど、へディ・ラマーだからあっさり脱いだというべきであって、脱いだから話題になった女優ではないわ。それにこの映画とても新しい視点を持っています。グスタフ・マハティ監督については充分な情報がないのだけど、1930年に女に好きなことをやらせるって、かなりのフェミニストよね。物語はチェコスロバキアの豊かな農家から、街の商人エミルに嫁いだエヴァ(へディ・ラマー)の話。母親を早く失い父親が男手ひとつで育てられた。早く結婚させるのが娘の幸福だと思っているパパは、親子ほど年の違うエミルに嫁がせた。エミルは有能なビジネスマンではあったが、虫を平気でひねり潰したり、海辺のパーティでも新聞ばかり読んでいたり、全然面白くないKY男。エヴァは毎日がげんなり、「あ〜あ、何をしよう」手持ち無沙汰に猫を撫でる▼実家に逃げ帰り「お父さん!」パパに泣きつく。残された道は離婚。弁護士は「初めから誤っていたと気づくべきだった。年齢差が原因だ。この結婚がもたらしたものは不幸だけ」さっさと手続きに入った。エヴァは牧場で裸馬を乗り回したり、湖で泳いだり…ここですね、ヌードのシーンは。監督は「猥らだからカットしろ」の会社の指示に「ベッドシーンではない、裸になるだけで猥らとい言えない、これは教育的意味合いがある」と突っぱねた。エヴァは農場の近くの建設現場にいる技師と恋に落ちる。ハンサムで虫も殺さない青年だ。男の部屋で一夜を共にする。はためくカーテン、馬の置物、荒々しい予感、風にしなう木々、喘ぐエヴァ。家に帰ってくると夫が来ていた。よりを戻したいのだ。ほぼサイレントみたいなセリフの少ない映画です。エヴァは夫の元に戻らない。夫は悲嘆して駅に向かう。途中歩いている青年を車に拾うが、夫のただならぬ様子に、不安を感じた青年は運転を代わり、ホテルに送り届ける。部屋に戻った夫は手紙を書く。「お母さん、僕はきょう、あなたの元へ行きます」。夫は自殺するのだ▼最後の別れを告げる相手が母親とは、マザコンの心優しい男性だったのだわ。エヴァは男とパリに行くことにする。駅で汽車を待つ。青年もエヴァも眠り込む。到着した汽車に乗り込む。青年? グウグウ眠ったまま目が覚めないのよ。奇妙なこと。監督はエヴァだけを去らせるのだ。もう男と一緒ではなく、好きなところで好きなことを一人でしなさいってことにならない? 汽車は出て行ってエンド。つまり「春の調べ」とは、ヒロインに春が訪れる予兆ってことかしら。へディの実生活上の夫は20歳年上の大企業のオーナー。妻を誰にも見せたがらない夫によってほぼ軟禁状態。彼女は召使に変装して城を逃げ出しました。当時女優といえば金髪だったハリウッドで、へディの濡れ羽色の豊かな黒髪は他の女優たちを魅了し、ジョン・クロフォードは黒く染めた。私生活は必ずしも幸福とはいえなかった。下剤とか、目薬とか、小物の万引きを繰り返し、最後の万引きのとき、買い物には必ず同伴者をつけることで起訴は取り下げられた。結婚は約30年の間に6人の男性と結婚・離婚を繰り返した。薬物依存症だった。85歳で死去。彼女の遺志によって息子は、遺骨をウィーンの森に散骨した。「わたしの不幸は美しすぎたことだ」といったのは彼女だったと思う。冷たい硬質の美貌だった。頭もよすぎたにちがいない。時代にも社会にも、収まりきれないものを持っていたのだろう。おそらく、マハティ監督は、へディの容易に周囲と溶けあいにくい、逸脱者としての女、簡単にいえば、男をあてにしない女が世間にいても少しも不思議でないことがよくわかっていたのだろう。80年後の2010年代の今を待つまでもなく、50年後、30年後か20年後、いやもうそこまで来ていたビッチたちに、この映画はウィンクを送っている。