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特集「最高のビッチ」

2018年5月28日

特集「最高のビッチ6」⑧ノオミ・ラパス3
ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(2010年 ミステリー映画)

監督 ダニエル・アルフレッドソン

出演 ノオミ・ラパス/マイケル・ニクヴィスト

シネマ365日 No.2493

マリリン・モンロー的女子

最高のビッチ

リスベットの勝負服については「シネマ365日」既出の「ミレニアム3」で書きました。一言でいうとおどろおどろしい。パンキーそのものです。弁護側(リスベット側)は、検察がリスベットを陥れた児童精神病院の院長と結託し、彼女が精神障害者である、そう主張すると読んでいます。検察が提出するいかなる資料も診断書も、インチキである、それを覆す物的証拠を弁護側はすでに入手している。リスベットが隠し撮りしたレイプ現場のDVDがそれです。リスベットの逆転無罪は確実だ。だからリスベットの出で立ちは勝負服というより、自分の主体を守れるかどうか、リスベットがリスベットをいかに主張するかのスタイルでした▼判事は彼女のその服装に内心眉をひそめたと思います。社会常識を逸している。高々と髪を盛り上げたモヒカン頭にギンギラの針を、ブスブス首の周りに突き立てた戦闘服、鼻ピアス、もちろん、耳、言うまでもない、真っ黒な目の隈取りは豹のように視線を強調し、唇は黒く、高下駄のように高い厚底靴は必殺キックに申し分ない。リスベットには自分を従順に見せて心証をよくしようとか、社会適合性を繕うとかの意図は皆無。そんなことしたら自分は消えてしまう。自分が最も自然で緊張感を保ち、リスベット流であるのはこれ以外にない。判事のみならず、弁護士も内心(やっぱりな、これで出てきたか)だったと思います。でもリスベットの盟友ミカエルはかすか笑いを浮かべる。リスベットが世界一のハッカーと尊敬する「疫病神」は、傍聴席から(その調子だ、いいぞ!)と会心の笑顔を投げる。彼女の意図を理解した人は、どんなにクレイジーな出で立ちに見えようと、主体を貫こうとする彼女に拍手した。パトリシア・ハイスミスも言っているじゃないですか。「本質とは主観だ」と▼マリリン・モンローは何もかも脱ぎ捨て裸になるとホッとした。やっと自分だけの自分になれた。幼児期の施設の制服はもちろん、どんなドレスも衣装も自分でない自分を装うものでしかなかった。彼女は衣装フェチではなかったし、パーティなどは衣装部の借り物で出るときがしょっちゅうだった。美しくありたくないはずはなかったが、彼女が信じるマリリン・モンローという主体は、装いのないことで安らぎを得た。マリリンのヌードが美しいのは、彼女の平安や落ち着きや、のびのびした感情や楽しさや、本来の聡明さが、つまり何人とも比べようのないマリリン・モンローが、そこに結晶しているからだ。「シネマ365日」の読者の方が、わざわざ入手してくれた、マリリンの等身大のポスターを見ながら、そう思うことがある▼自我という主体を貫いたのはリスベットも同じです。リスベットはパンキーを選ぶことによって、マリリンは一切を脱ぎすてることによって。自分が主体であることを別の言葉で言えばスタイルなのだ、改めてそう思います。