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特集「サイコパス」

2018年6月1日

特集「サイコパス」① ジェニファー・ロレンス1
マザー!(上)(2017年 ホラー映画)

監督 ダーレン・アロノフスキー

出演 ジェニファー・ロレンス/ハビエル・バルデム/エド・ハリス/ミシェル・ファイフ

シネマ365日 No.2497

ジェニファー、大丈夫? 

サイコパス

日本公開が中止になった、どんなひどい映画なのだろう…ダーレン・アロノフスキー監督は好きな監督ですし、DVDで早速見ました。彼の「レクイエム・フォー・ドリーム」もよかったからね。本作も精神的ハードコアというか、観客の感情移入を強烈に拒む映画です。彼の映画作りの姿勢には、ネット社会が平坦にした感情の起伏を、徹底的に掘り起こしてやろうという腕まくりが感じられる。どんな情報もググルことによって簡単に入手できますから、知識や情報や社会の出来事という、外の世界がみんなツライチにならされ、誰でも、なんでも知っている気になる。それとともに自分だけが密かに抱いている、心の陰影がとても層の薄いものになっていく。今の社会には好むと好まざるに関わらず、そういう傾向があると思うのです▼もともとアロノフスキー監督が取り上げてきたのは、コンプレックスとそれによる自己韜晦、あるいは自分からの逃走でした。内面にある最も奥底の、自分自身にとってすら、見えにくい部分と言ってもいい。外の世界にあるものがその人にとって極度のストレスになって、対抗しようとするが打ち勝てない。だから現実そのものをアニメのように自分なりに描きなおす。「ブラック・スワン」のヒロインもそうだったし、「レクイエム・フォー・ドリーム」の登場人物たちは、日常生活そのものによって壊されていき、壊されっぱなしです。痛ましいというしかない。それとどう関連するかと言われたら説明に困るのですが、最近「始まり」にさかのぼる作品が増えてきました。「プロメテウス」は地球の始源に異星人が降り立ち、「エイリアン・コヴェナント」は「プロメテウス」よりさらに以前の時代を舞台にする。この調子では、リドリー・スコットは宇宙の始源まで行き着くかもしれない。アロノフスキーも負けておらず、聖書の始まり、いや人類の滅亡と再出発という遠大なテーマのもとに「ノア 約束の舟」をとっています。聖書とか、宇宙とか、誰も知らないからどんな映画にしようと作りドクなのだよ、というさもしい発想ではありません。彼らの作家性からすると、歴史とか聖書とか、宇宙とか、地球とかは、目の前の現実を組み立て直すための最強のテコだったと思えるのです▼そういう、極めて独りよがりな前提のもとにこの映画を見ると…やってくれるわ、淫乱狂の解放病棟のような乱痴気騒ぎを呈しています。ヒロイン…と呼んでいいのかどうか、登場人物には固有名詞も与えられず、男、女、訪問者、彼らの大雑把な関係しかわからない。野原の一軒家にいる男女がジェニファー・ロレンスとハビエル・バルデムです。ハビエルは発想が枯渇して苦しんでいる詩人です。ジェニファーは彼を支える献身的な妻。散歩するか、ぼんやりしている夫に嫌な顔もせず、せっせと壁を塗り、家具を修繕し食事を作る。そもそもこのあたりから現実離れしています。夫の言葉によれば「かつて火事で全てを失った。思い出も仕事も、歯ブラシさえも。創作する意欲も消えた。灰の中にこれを見つけ(水晶だって)やり直す力を与えられ、彼女と出会い家の隅々が蘇った」女は大工代わりかい。コスト安の便利使いだということになりません? ジェニファーよ、大丈夫? あなた、なんでこう、苦労する女の役ばかり引き当てるのよ。