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特集「荻上直子じゃ!」

2018年6月11日

特集「荻上直子じゃ!」①
かもめ食堂(2006年 家族映画)

監督 荻上直子

出演 小林聡美/片桐はいり/もたいまさこ

シネマ365日 No.2507

たゆたう時間

0611_15荻上直子

彼女らは最高に「やばい」。殺し屋でもなくスパイでもなく、壮絶アクションもなくドラマティックな恋愛もなく、ましてそのヒロインでもない。冒頭「わたしは美味しそうにご飯を食べる、太った生き物に弱いのだ」。わかる、わかる。それにあと一つ付け加えたい「出されたものを、皿を舐めあげたように平らげる、食いリキのいいやつに弱いのだ」。男女国籍年齢を問わず、食べるコミュニケーションとはこの二つに尽きると思う。「美味しそうに食べる」「残さない」。年齢によってはそう食えるものではないとおっしゃるかもしれないが、自分の消化機能のキャパをわきまえた上で平らげればいい。サチエさんはかもめ食堂の経営者。過去前歴を荻上監督はきれいさっぱり説明抜き。スパッとした切り口だ。そうそう食堂の場所はヘルシンキである▼「開店一カ月になるけど、客が入っているの、見たことないよ」通りすがりのおばさんが窓越しに店内を覗きながらフィンランド語でおしゃべりをする。「かもめ食堂だって。子供食堂じゃないの?」サチエは小柄なのだ。ひょんな行きがかりから、ミドリさん(片桐はいり)が「かもめ」の一員になる。世界地図を広げて目をつぶり、指で指した場所がフィンランドだった。「ガッチャマン」の歌詞をスラスラ全部書いてサチエを感激させ、店を手伝うことにした。マサコさん(もたいまさこ)は、フィンランドに来た日本人旅行客。空港で荷物が行方不明になり、見つかるまで足止めを食い、食堂を手伝いながら待つことにする。サチエさんに美味しいコーヒーを入れるおまじない「コピ・ルアック」を教えるおじさん。いつも食堂を睨んでいるおばさんリーサは、夫が家出し悲嘆に暮れ、ある日食堂に入ってきてコスケンコルヴァを注文する。強い酒だ。サチエさんとミドリさんに飲めと勧めるがどっちもダメ、マサコさんがクイッと空ける。同じように飲んだおばさんはひっくり返ってしまった。介抱したのがきっかけで、4人は仲良くなる▼サチエさんは「かもめ」のメーンメニューはおにぎりだと主張し、譲らない。炊きたての白いご飯をパリパリの海苔でくるみ、具はシャケ、おかか、梅干しの三種のみ。母親を早く亡くしたサチエさんは、一年に一回だけ父親がおにぎりを作ってくれた。運動会のお弁当に。以来、三種のおにぎりはサチエさんのソウル・フードなのだ。ある日シナモンロールを作った。日本が好きなヘルシンキの青年トンミは開店して初めてきた客である。それを記念して彼のコーヒー代はタダ。トンミはシナモンロールがお気に入りだ。焼きたての香ばしい匂いにつられ、いつもウィンドウから中を伺っていたおばさん三人組が入ってくれた。リーサが客を連れてきた。揚げたてのトンカツにサクッと入る包丁の音。天ぷらの油が弾けるリズミカルな音。磨き上げたテーブル。自然採光の明るい店内。最初不思議そうに食べていた客たちは「かもめ」のおにぎりにはまった▼サチエは時々プールで泳ぎ、就寝前に合気道の「膝行」を習慣とし、ミドリは市場で食材を選び、マサコさんは「荷物まだ届かないんですけど」と空港に電話するのが日課だ。この映画には、大事件も大発見も大恋愛も殺人も遺伝子操作もない。そのくせ飄々として彼女らは心を通わせ、一緒にいることになった。離れることも別れることもあるかもしれない。でも彼女らにとって今日という日が巡りくることは、くる日もくる日も新しいのだ。変わらぬ日のやってくることが感謝に満ちている。そしていつの間にか彼女らの周りを、ゆったりした「たゆたう時間」で取り込んでしまう。同化していく。こんな感染力っていいね。