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特集「荻上直子じゃ!」

2018年6月15日

特集「荻上直子じゃ!」⑤
トイレット(2010年 ファンタジー映画)

監督 荻上直子

出演 もたいまさこ

シネマ365日 No.2511

「モーリー。クール」

0611_15荻上直子

荻上直子の、ある種「出来過ぎのお話」に、抵抗のある人はいるかもしれないけど、やっぱりいいものはいいですよ(笑)。人の心をつかむ、あざといばかりの作劇術に、内心(くそ)と思いながら、引きこもりの長男モーリーが、ピアノコンクールに出場するシーンになる。彼は天才ピアニストと目されながら、神経が細いあまり前回のコンクールでゲロを吐き、以来4年間家から一歩も出たことがない。次男のレイと妹のリサは万一のときの、ゲロ吐き袋を持って会場にきた。モーリーはお気に入りのロングスカートをはいて、ステージに上がったのはいいが、緊張で顔が歪む。ばーちゃん(もたいまさこ)がゆっくり立ち上がり「モーリー。クール」そう言って親指を立てる。モーリーは我に返る。演奏曲はリストの「伝説」第2番だ。クラシック音楽の使い方がとてもうまい。ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」では、旋律と、シックな部屋の佇まいが溶けあって、とても美しいシーンでした▼レイは兄と妹からガチロボの利己主義者とみなされ、日本から母親が引き取ったばーちゃんが、本当に祖母かわからないと言い出し遺伝子鑑定する。わかったのは自分が他人だったという事実。ショックだったと職場の同僚に打ち明けると「今までわからなかったくらい、本当の家族だった。充分だろ」と、おおらかな答え。リサはボーイフレンドがショーウィンドウをのぞくレイを指して「ロボオタクさ。部屋中にロボットを飾り満足している。彼女なし。ある日空虚な自分に気づき、ロボットたちを狂ったように破壊し、孤独に死ぬ惨めな負け犬。小説ネタにサイコーだ」。リサは男を睨みつけ「彼には妹がいて、孤独に死んだりしない」つかつかと兄に近寄り「レイ、行きましょ」。それがどんなに事実でも、その欠点を他人から指摘されると腹の立つのが家族。リサは気の強いわがままな娘だが、ばーちゃんがテレビでロックを見ているのがわかると、DVDを買ってきてやるやさしい子だ▼ただこの二人、いい年をしてばーちゃんの懐を当てにして金を借りに来るところが情けない。ま、みなどこか弱いものを持っているアーティストタイプが、荻上作品の主人公ですけどね。冷たいやつだとつまはじきされていたレイが、ばーちゃんがトイレから出たあと、必ず深いため息をつくのは、マドンナが感嘆した日本の「偉大なトイレ」ウォシュレットじゃないからだと気づき、通販で取り寄せる。ばーちゃんが倒れて入院した。レイはばーちゃんの相棒、猫のセンセーを連れてきて「退院したらこのトイレだよ」とカタログを見せる。ばーちゃんは英語がわからないが気持ちは通じる。うれしそうに、黙ってレイの手を握る。ばーちゃんが死んだ。レイは一握りの灰を持ち帰る。ばーちゃんにそばにいてほしいからだ。その遺灰は設置したウォシュレットに落として流してしまった。私や過去にこだわることはない、みな流してしまうに限ると、ばーちゃんが言っているようだ▼もたいは全編沈黙。セリフはホントに「モーリー、クール」の一言だけなのです。ばーちゃんが立ち上がってそのセリフを声に出したときは(おおお。しゃべった!)と感動すらしました。監督はあえて黙らせたのでしょうね。そのほうがもたいの存在感にフィットするから。ヘタレのビンボー兄貴のモーリーが弾く「伝説」の第2番。聴きながら、なぜかこのクソ映画に涙がこみあがりました。