女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ヒッチコックが新しい」

2018年7月4日

特集「ヒッチコックが新しい」④
下宿人(2017年 サスペンス映画)

監督 アルフレッド・ヒッチコック

出演 アイヴァー・ノヴェロ/ジューン

シネマ365日 No.2530

例えばヒッチコック 

ヒッチコック

 2017年というのは日本公開で、初公開はロンドン1927年、ヒッチコック28歳の作品です。三つ子の魂というか、監督第三作目にすでに後年のヒッチの粘液質なパーソナリティが生々しい。連続殺人、現場に残す「復讐者」のメモ、殺人は火曜日の夜に、被害女性は金髪、などという一連のスペックを巧みにはめこんで、ヒッチは本来冗長な本作のアクセルを踏み続け、ラストまで引っ張っていきます。ロンドンで犠牲者が7人、ついに8人、警察は嘲笑されながらなす術がない。ヒロイン、デイジー(ジューン)はファッションモデルで、下宿屋を営む両親の箱入り娘だ。刑事のマルコムはデイジーに惚れている。その日もデイジーの顔を見に下宿屋に立ち寄った。下宿人募集の広告欄を見て青年が来た。顔の半分をマフラーで隠しているところは、目撃者による犯人にそっくりだ▼ところが彼がマフラーを取ると息を飲む美青年で、デイジーはいかれてしまう。刑事は彼に敵愾心を燃やす。下宿人は謎めいていて、夜に外出するのを母親が見かけた。その夜も殺人があり母親は下宿人が怪しいと夫に告げ、二人きりにしないようにする。デイジーの出演するファッションショーがあり、下宿人が客席にいた。デイジーは嬉しくなる。下宿人はデイジーがショーで着けた衣装を買い取り、プレゼントするが、両親は突き返す。刑事が令状を取り捜索に来て、下宿人の部屋から拳銃、古い写真と新聞記事数枚の切り抜きを発見。記事は「令嬢、社交界デビュー直後殺される」「警察は逮捕に失敗」「犯人は未だ捕まらず」とある。被害者は下宿人の妹で、ドジな警察を当てにできず、兄は自分で犯人を追跡していたのだ▼デイジーはますますお熱になる。下宿人も彼女が好きそうだ。二人は抱き合い…つまり、ここですが、ヒッチ独特のいやらしさがよく出ているキスシーンです。唇がくっつくかと思えばうっすらと離れ、でも離れ切らずすれすれに触れ合って、またくっつく。下宿人に扮するアイヴァー・ノヴェロが非常なハンサムで、彼の半開きの唇からかすかに覗く歯が、欲望を晒したように白い。ヒッチの情熱は、今や殺人事件の解明や犯人逮捕などの筋追いにあるのではなく、視覚がかきたてるエロチシズムに集中しています。エロ事師顔負けです▼映画監督とは大なり小なり粘着質的性癖があります。絶望と不安を追う、ラース・フォン・コリアー(「ニンフォマニアック」)、人に与える不快感が生きがいのミヒャエル・ハネケ(「愛、アムール」)、観客を窒息死させかけたアルフォンソ・キュアロン(「ゼロ・グラビティ」)、男女の出会いを18年にわたって追いかけたリチャード・リンクレイター(「ビフォア・サンセット」三部作)。でもヒッチはちがう。カメラが代替する彼の目は、舐め上げるようにエロチックなのだ。本作でヒロインが風呂に入り、裸の足の指を湯の中で動かす、たったそれだけの、つまらない、しかも全然必要でないシーンに、強引に観客を縛り付ける。いやらしさも洗練したらアートだ。彼は視覚の欲望を磨き上げた。女に触れず血を流さない、観客のイマジネーションの攪拌と操作によって生じさせる暴力とレイプは、以後ヒッチコック最大の武器となる。「舞台恐怖症」で彼の指揮下に入ったマレーネ・デートリッヒはいう「天才とは何度真似してもそれに到達できない。例えばヒッチコック」