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特集「ヒッチコックが新しい」

2018年7月6日

特集「ヒッチコックが新しい」⑥
殺人! (1994年 サスペンス映画)

監督 アルフレッド・ヒッチコック

出演 ハーバート・マーシャル

シネマ365日 No.2532

かいま見えた「先取り」

ヒッチコックが新しい

ヒッチコックの作品にしては珍しいほど素直な映画で、しかも犯人探しと来ています。劇団の女優であるダイアナ・バーリングは、仲間の女優エドナの死体のそばで火かき棒を持って意識喪失していた。容疑者として逮捕され裁判、陪審員の「無罪か有罪か」の投票で死刑か、釈放かが決まる。陪審員の一人、舞台監督で俳優のサー・ジョンはダイアナが犯人だとは思えない。彼女が美人で理知的な容貌のせいもある。裁判官は陪審員たちに「被告は美貌だから、気をとられてはいけない」と注意するくらいだ。サー・ジョンのほぼセリフ通り解き明かされるので、まことにわかりやすい。陪審員たちは状況が決定的に被告に不利であることから、サー・ジョンを除いて「有罪」。女優とはストレスが多く、舞台の疲労も相まって二重人格になったのだとか、精神喪失により記憶を失ったとか、好き勝手に憶測をいい合う▼サー・ジョンは納得がいかず劇団員の協力を借りて独自に調査する。意味がありそうな、なさそうな、不審な小道具としてブランデーが使われる。サー・ジョンは自問自答する。「ダイアナは飲んでいないという。でもブランデーの瓶は空だった。エドナが一人で飲めたはずはない。3人目の誰かが現場にいたのだ」「ダイアナは変質者か。残忍な面と普通の面と併せ持っているのか」「ブランデーを飲んだとしても、ダイアナは酔っ払うような女性ではない」「陪審員は状況証拠だけで有罪にしてしまった。彼女が否定しなかったため捜査も取り調べも打ち切られた」。「あの娘を助けたかった。彼女は挑戦的だった。それがみなを敵にまわしたのだ。でも彼女の態度は魅力的だった」「ダイアナは飲んでいないと否定した。殺人は否定しなかったのに。もう一人別の人物がいて、そいつが飲んだのだ」▼堂々巡りをしながら、サー・ジョンは情報を集め、事件の夜「窓から外を覗いたら警官が歩いていた」という目撃者を見つける。制服さえ着たら誰でも警官に見える。サー・ジョンは劇団をやめた空中ブランコ乗り、フェインがいることを突き止めた。彼は女装する男性だった。サーカスで女装するだけでなく、普段の舞台でも女装する。みたところ繊細な風貌で見るからに性別が曖昧だ。サー・ジョンの面会で、ダイアナがふと漏らす。「彼は混血なの」。フェインはそれをエドナに知られ、ダイアナにばらす、と言われ殺しに至った。ダイアナを愛していたのだろうし、当時の差別意識からすれば二人の関係は成り立たなかったのだろう。フェインはすべて明るみに出たと察し、空中ブランコの演技の最中、わざと手を滑らし、ロープで宙吊りになり自分の首を絞める▼言っちゃナンだけど、ヒッチコックのミステリーはイマイチね。素直すぎてハラハラもドキドキもしなかった無罪放免されたダイアナと素人探偵のサー・ジョンが結ばれるオチなんて辻褄が合わないことおびただしい。ダイアナが死刑判決まで受けて、フェインの秘密を守り通そうとした前段の意味がすっ飛んでしまう。こんなおめでたい筋書きより、性別がつきかねるフェインの、彼に対するダイアナの愛とか、陪審員を敵に回しても緘黙した彼女の「挑戦的」な姿勢とか、ヒッチはセリフにまでして彼女のキャラを描写し、複雑多様なジェンダーの要素を先取りしているのだから、もっと掘り下げたらよかった。のちの「サイコ」の原型をとどめる「精神喪失」だってちゃんと劇中にある。白黒つけがたい「曖昧な領域」こそ、彼が最も得意とするツッコミどころじゃなかったの?