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特集「新宿2丁目を連れて歩きたいボーイフレンド」

2018年7月12日

特集「新宿2丁目を連れて歩きたいBF4」④
チャールズ・ブロンソン
さらばバルデス(1973年 西部劇映画)

監督 ジョン・スタージェス 

出演 チャールズ・ブロンソン/ジル・アイアランド 

シネマ365日 No.2538

男の「大輪」

新宿2丁目を連れて歩きたいBF4

「大脱走」のジョン・スタージェス監督とチャールズ・ブロンソンが再び組みました。「大脱走」ではスティーブ・マックゥイーンがやたら目立っていたけど、それから10年、チャールズ・ブロンソンは大スターとなっています。白人とインディアンの混血であるために白眼視されているバルデス(チャールズ・ブロンソン)が、地主の妹ルイーズ(ジル・アイアランド)と結婚を約束したにもかかわらず、インディアン嫌いの兄マラルのために仲を引き裂かれ、自分の土地から出て行けと追い出される。バルデスは牧場で調教している野生馬をすべて野に戻し、家に火を放って跡形もなくし、一人別天地を求めて去る。ブロンソンの定番である「孤高の男」を演じます。でも、もう少し物語の背景を書き込んで欲しかったわね▼アメリカ開拓史は従来のように客を集められる魅力あるストーリーではなくなっていた。孤高の男は事業を新規開拓できない、時代に「乗り損ねた男」になりかねなかった。でもバルデスは違う、どう違うかをきっちり描かないと、彼はただ追い出されただけの男になってしまうのよね。土地もいらぬ、馬もいらぬ、家も惚れた女にも未練はない、つまり自らすべてを棄てた男である、ここがバルデスの美学なのに、そこンとこがイマイチなのよ。彼と一緒に暮らす少年に「お前はお前の道を行け」と馬一頭与えて荒野に去らせる。昔の子は強かったのね。今なら児童虐待よ。それにルイーズの役割が、ジル・アイアランドが相手役で出演するほとんどの映画がそうであるように、いてもいなくてもいい恋人役であるばかりか、まだ終盤にも差し掛からないうちにスクリーンから退場してしまう。尻すぼみもいいところで、命がけで結婚しようとした割には、バルデス、どうでもよかったんかい!▼やっぱりスタージェス監督は「荒野の七人」とか「大脱走」とか「鷲は舞い降りた」とか、男の中の男の映画がいいわ。白状するとこの作品、何が言いたいのかさっぱりわからないうちに、ブロンソンがさっさと幕を引いてしまい、(え、それで終わりにするの?)ポカンとしたわ。ただこのときのブロンソンは53歳。普通の俳優で言えば盛りを過ぎた年齢だ。彼は違う。「さらば友よ」でアラン・ドロンを食ってブレイクし、「雨の訪問者ではドロンを発掘したルネ・クレマン監督のもと、ラブ・サスペンスで新境地を開き、「扉の影に誰かいる」ではサイコのヒーロー、アンソニー・パーキンスのややこしい、いや、複雑なキャラに惑わされることなく、記憶喪失の男という、得意とは言えない役にもボロを出さなかった。53歳になって、女優でいうなら「大輪」を感じさせるのだ。とにかく人間の基礎のしっかりした人なのよ。俳優にとってこういう評価はどれほどの価値を持つのだろう。「ブロンソンだから見に行った」「ブロンソンだから保っている」「ブロンソンだから目をつぶる」。これ、全部本作に当てはまる。観客とは理屈をいわない代わり、本音をいうのだ。