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特集「偏愛力」

2018年7月16日

特集「偏愛力4」①
人体解剖マニュアル(上)(2005年 ドキュメンタリー映画)

講義 グンター・フォン・ハーゲンス博士/ジョン・A・リー教授

シネマ365日 No.2542

仮想現実を粉砕 

偏愛力

公開解剖講義シリーズ4巻です。「動き」「循環器」「消化」「生殖」のうち今回(上)で、「動き」「循環器」を取り上げました。解剖というものを、体を切り開いて臓器を調べる、程度と考えていた自分のアバウト加減が思い知らされました。皮膚にメスを入れ、剥がしていきます。すると臓器が現れる? いいえ、臓器に達する前に無限の小宇宙が体内にあります。皮膚を切り離すサクサクと聞こえるメスの音。黄色い脂肪が現れ、博士と教授の解説に沿って、解剖が進む。今さら、と思われるでしょうが、解剖によって人体は分解され、元の形を止めません。だからその場で見ている人はともかく、繰り返し検証するにはどうしても固定した標本が必要でした。ハーゲンス博士は人体保存のプラスティネーションの開発者であり、死体に関わるビジネスを行っているため「死の医師」という異名を持ちます▼それはさておき、「皮膚は外界の世界との接点。外界から知覚に情報を神経系に伝える。それから汗腺によって体温調節を行っている。髪や爪のような特殊な組織も作る。皮膚の下の脂肪層は体温を保つ」。言葉で聞くと「ああ、そうなの」かもしれませんが、メスの動きによって皮膚が剥がされ、筋肉が露出し、さらにその筋肉を腑分けし、太い筋肉の束をザクッと切断し、お腹を押し広げると内臓が露出する。もちろん「お腹」とか「太い筋肉」とか、博士は言っているのではありません。難しい名称についていけない私が考えうる、幼稚な言葉で書いています。解剖学者・養老孟司さんが本作を監修しています。解剖の実質とはこれか、と思える「目からウロコ」の表現がありました。「あるものを見つめるという態度を私は評価する。目を背けたところで人間の思惑に関係なく、そういうものが存在することは否定できない。そういう存在こそ現実だと私は信じている」。彼は人体の中にある病気や、人間に死をもたらす根源を目で見て「死という難問」を抱え込んでいる体こそ現実だと言っています。サクサクと刻まれ、風呂敷のように広げられていく皮膚、それに包まれていた人体とは、言葉とか思惑というものを圧倒的に拒否する現実でした▼「循環器」編では心臓と肺が取り上げられました。生命のリズムを刻む心臓。検体した女性の呼吸は一生の間に約2億5000万回、心臓は約10億回、動きました。生物が生きるためには命の火を燃やす続ける必要があり、燃焼に必要なのが酸素です。心臓と肺とは、酸素を体内の抹消まで送る二つのシステム。酸素を体内に取り込むための肺、その酸素を末端まで送り出す心臓。黄色い脂肪、サーモンのような筋肉の赤、肋骨の間にある肋間筋を手早く削ぎとっていく。チューブで空気を肺に送り込むと肺が盛り上がります。空気を抜くとしぼむ。どんな小さな細胞も生きるためには酸素が要る。人間の一生の心拍数は普通20〜30億回。上下の大動脈で酸素を使い切った血液が、二酸化炭素を集め肺に戻り、肺は呼吸とともに排出する▼喫煙で黒くなった肺は元どおりになるのか。学生の質問に博士は「5年間タバコをやめれば通常のレベルに戻る。ただし10年以上の喫煙者は別」。実際にシャーレの上に乗った大きな肺をさらに、無数に枝分かれした内部を見せ、「喫煙者は」云々と言われると、どんなに図太い常習者もやめる決心をすると思われます。動脈硬化が危険なのは動脈壁を弱めるからだ、動脈瘤にもつながる。例えばこの肝臓と教授がシャーレに乗せた肝臓を学生の目の前に持っていく。肝臓の表面にデコボコがあるのは肝硬変だ、多分これが死因だろう、肝硬変はアルコールが主な原因だ、そして硬化した肝臓は心臓からの血液の流れを遮断する…講義の最後は「酸素の旅」です。「酸素は肺へ進む。肺の空間で血液と混ざり、肺静脈を通って左心房及び左心室に入る。そこから大動脈を通り、体全体に送られる。つま先まで運ばれ酸素は二酸化炭素に変わり、静脈を通り下大静脈まで戻り、心臓の右側に入る。そこから肺動脈を通り肺で再び空気と混ざる。二酸化炭素は気管を通って外へ放出される」目の前には肋骨を切り開き、肺を取り除き、心臓を除去したからっぽの「現実」が口を開け、ヴァーチャルになれた仮想現実の世界を粉砕していました。