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特集「ベストコレクション」

2018年8月11日

特集「恋歌が聞こえる風の盆/8月のベストコレクション」⑪
ロゼッタ(2000年 社会派映画)

監督 ダルデンヌ兄弟

出演 エミリー・ドゥケンヌ

シネマ365日 No.2568

それでも希望はある 

特集「恋歌が聞こえる風の盆/8月のベストコレクション」

 ダルデンヌ兄弟の作品にはいくつかの共通項があります。曰く、人生は思うようにいかない、人は助け合うものだ、家族のおかげでひどい目にあうこともある、それでも希望はある…ロゼッタ(エミリー・ドゥケンヌ)は17歳。トレーラーハウスでアルコール・セックス依存症の母親と二人暮し。ロゼッタはある日いきなりクビを言い渡される。文字通り職場にしがみつくロゼッタを、警官が来て強引に引き剝がし連れ出す。ひどい。家に帰れば母親が男を連れ込んでいる。ロゼッタは「まっとうな暮し」を乞い願う。大した望みではない。極貧の生活から抜け出したい。定職に就き安定収入を得て、母親を病院に入れ、フツーの社会人にする。茹で卵一つで終わらない夕食を、せめて取れればいい。キャンプ場のトレーラーハウスに住んでいることもコンプレックスだ。学校にも満足に行けなかったにちがいない。友だち、デート、本を読み、映画に行き、おいしいものを食べる…17歳の女の子にあって当然の楽しみが何もない。水道代は母親が飲んでしまう。母親が正気のとき、細々とリフォームする古着を売り歩き、わずかな工賃を得る▼愛も勇気もある映画だけど、見たあとこれほどふさぎこんでしまう映画も珍しい。カンヌでパルムドールを取ったはずだ。ロゼッタに好意を持つ青年リケは露天のワッフル店の店員だ。ロゼッタが買いに行くとおまけをしてくれる。ワッフル一つと水がロゼッタの弁当なのだ。リケのような心やさしい人物が、ダルデンヌ映画には必ずいる。「少年と自転車」のセシル・ド・フランス、「サンドラの週末」のマリオン・コティヤール、「午後8時の訪問者」のアデル・エネル。彼らにあるのは燃えるヒューマニズムでもなく社会批判でもなく、ただ単に「自分が納得する生き方」なのだ。リケの部屋で彼がデモ用に採録したドラムを聞きながら、「踊ろうよ」不器用なロゼッタの手をとってリケはリードする。心がほぐれたロゼッタが笑顔を見せる。リケはワッフル店に欠員ができたと、ロゼッタに仕事口を探してくれたのだ。その夜、母親を寝かしつけたロゼッタは、自分のベッドで自分に話しかける。「あなたはロゼッタ。私はロゼッタ。友だちができた。私にもできた。仕事もできた。私にもできた。まっとうな生活。失敗しないわ。おやすみ」▼しかし、である。ロゼッタの独立不覊はビョーキだ。リケが自分の作ったワッフルを店で売り、自分の稼ぎにしていることをロゼッタは社長に告げ口する。リケはクビ、店はロゼッタに任される。リケは呆然。ロゼッタと話をしようとするが彼女は逃げ回る。リケはあまりにも荒々しいロゼッタの社会感覚に、怒るより呆れるより、痛ましさを感じる。ロゼッタはガスボンベを買いに管理人のところへ行った。ボンベは重い。リケが後ろから付いてくるがロゼッタは追い払おうとする。鉄のボンベの重さに転び、やりきれなさと悔しさにロゼッタは泣く。リケが助け起こしてやろうとする。そこでエンドだ。ダルデンヌ作品の通奏低音が聞こえてくる。「それでも希望はある」