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特集「ベストコレクション」

2015年11月27日

特集「星の降る夜は/ベストコレクション」⑬
インヒアレント・ヴァイス(2015年 社会派映画)

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監督 ポール・トーマス・アンダーソン

出演 ホアキン・フェニックス/キャサリン・ウォーターストン/オーソン・ウィルソン

シネマ365日 No.1582

内在する欠陥 

特集「星の降る夜は/ベストコレクション」

ホアキン・フェニックスがよくなったわ〜。俳優を辞めるといったり、オスカーなんかクソだ、と言ったり、問題発言のお騒がせ男が、いつのまにこんな中年の渋さをにじませるいい男になったのでしょう。アフロ頭にタワシのようなモミアゲ。ゲジゲジ眉。ヤニがついた歯にタバコをくわえた、薄汚いヒッピーの私立探偵ドックが彼。そのくせ、なんだと。リーザ・ウィザースプーンの遣り手検事が今カノで、ドックが思いきれない元カノ、シャスタがキャサリン・ウォーターストン。正真正銘の「いい女」が今と昔にひとりずつ。こんな都合のいい話「今昔物語」にもなかったな。ある日ふらりとシャスタがドックを訪ね、不動産業界の大物ミッキーにかかわる事件の調査を依頼した▼ミッキーはいまのシェスタの情人だ。妻がいて、その妻が恋人といっしょに、夫の財産をまきあげる計画をシェスタに打ち明けた。どうしようかと迷っているとき、ミッキーが行方不明になり、ドックのところへ来たというわけ。時代は1970年代。場所はカリフォルニアのビーチ。全編に懐かしいポップカルチャーの空気が流れる。波打ち際を歩く、恋人時代のドックもシェスタもいい感じ。そのシェスタが拉致されるのだ。一報はロス市警の刑事ビッグフッドから入った。ドックと彼は犬猿の仲であるが、ドックは仕方なくビッグフッドに状況を打診しに行く。調査を進めるうち、「黄金の牙」という組織が浮上する。裏には麻薬密売がからんでいる。怪しげな性技に惑溺する歯科医の線をたどり、行方不明だった不動産王は介護施設に入り、「住宅は無料にすべきだ」と人変わりしたようなことをいうのだ。ドックは、不動産屋を誘拐した犯人が、シェスタもいっしょにかどわかしたにちがいないと踏み、「シェスタはどこにいる」と不動産王にきくが、彼は無表情に「行け」というだけ。ミッキーに扮したのがエリック・ロバーツ。ジュリア・ロバーツの兄です▼ビッグフッドはロス市警の腐敗を一身に背負うような男のように最初描かれますが、じつは大違い。ドックがビッグフッドの家に電話した。しゃべっていると奥さんに電話をひったくられた。彼女は「妻です」と一言。ビッグフッドが「ドックだよ」と小声で教える。「あなたが夫に雇われた病的な落伍者? あのドックね。やっと話ができるわ、ミスター不道徳と。あなたのせいで夫のカウセリング代がたいへんよ。公費? 馬が窒息するほどの自己負担額よ。あなた、あの薄汚いヒッピーになぜ遠慮するの? さっさと立ちなさいよ。せめて週に一回くらい、情けない姿はやめて」…あわれなまでに女房に追い払われる、これがロス市警の腐敗を象徴する男だろうか。映画そのものにカラクリがあるのではないか、どこまで信用していいのか首をひねりたくなる▼そういえば、死んだはずのサックス吹きの男・コーイ(オーウェン・ウィルソン)が生きているあたりから、どことなく本作の正体は胡散臭くなるのだ。死んだはずの男がケロリとばくちしているなんて、ふざけているでしょう? ところで「黄金の牙」という。ものものしい名前の盗賊団、いやちがった、密輸団はどうなったのだ。そうこう思ううち、ひょいとシャスタが戻ってくるのよ。クスリでラリっているドックの幻想だと思うでしょう? ちがうのよ、ホンモノが姿を現し、なにかいいたそうな、いいたくなさそうな、ワケがありそうな、なさそうな…だってろくにしゃべらないうちにセックスするのだから、わかりようがないでしょう。でもそういう事情は本筋に深く影響しないみたいなのね。ドックとシャスタは元の恋人同士にもどり、肩を並べ、うれしそうに砂浜を歩くの。あほらしかったけど、映像はきれいだったわ▼そうそう、前半部に出てくる怪しい歯医者は殺されるのよ。クロッカー・フェンウェイという麻薬密輸の黒幕で、彼の娘がジャポニカ。歯医者が娘を弄んだ、という理由でパパは復讐したのよ。そんなこといったって「娘は成人していただろう」とドックが言ったら「父親にとって永遠に娘だ。娘を堕落させたクソ野郎が」とパパ。やさしい言葉と恐ろしい言葉が交互にいりまじる複雑な性格の人。ドックの車のトランクに20キロの麻薬が隠されていて、それとひきかえに、ドックは死んだ身分になってしまい、二度と世間に出られなくなっているコーイを、シャバに戻してもらう。コーイには彼を探している娘も妻もいた。へ〜、あらそう、へ〜と言っている間に事件はすべて解決。ここまでの思わせぶりな筋運びは、いったいなんのためだったのか。ポール・トーマス・アンダーソン監督のいつもの手だわ。おおげさな衣装の中にはなにもない、さりげない現実のなかにイン匕アレント・ヴァイス(内在する欠陥)はある。内在する欠陥とはもともと海上保険用語。卵は割れる、チョコレートは溶ける、ガラスは割れる、などが内在する欠陥である、人間は死ぬ、愛は変質する、あるものはなくなる、もね。

 

 

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