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特集「ベストコレクション」

2015年11月28日

特集「星の降る夜は/ベストコレクション」⑭
バードマン(2015年 社会派映画)

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監督 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

出演 マイケル・キートン/エドワード・ノートン/エマ・ストーン/ナオミ・ワッツ/アンドレア・ライズボロー

シネマ365日 No.1583

君はなにを望んだ? 

特集「星の降る夜は/ベストコレクション」

副題は「無知がもたらす予期せぬ奇跡」。落ち目のハリウッド俳優、リーガン・トムソン(マイケル・キートン)が、再起をかけてブロードウェイに進出、レイモンド・カーヴァーの短編を、自らの演出・脚本・主演で舞台化する。アーティストとしての、リーガンの命を賭けた挑戦は報われるのか…こら受けるでしょうね、くたびれた中高年の男性に。おまけにネットもSNSも使いこなせないアナログ男に共感する男性、いっぱいいるだろうし。でもリーガンときたらファーストシーンでドッキリ。体が宙に浮いて座禅組んでいる背中じゃない。なんと、彼はヒョイと指さすだけで灰皿を動かし、家具を移動させる、サイキッカー(超能力者)でもあるのだ。それでないとラストシーンは説明できないね。リーガンの娘、ドラッグ依存症で、病院から退院したばかりのサマンサ(エマ・ストーン)が、自殺に失敗して自分の鼻を吹き飛ばして入院中のパパを探すが見つからない、キョロキョロ見渡して空を見上げ(な〜んだ、そこにいたの、パパ)という具合にニッコリ。パパは超能力を使って空中遊泳していたのでしょう。だからこの映画はSFファンタジーの側面を持っています▼スクリーン・コスチュームで現れるバードマンは、リーガンのアルターエゴ。リーガンは20年前の映画「バードマン」のサクセスが亡霊となってつきまとっている。リーガン自身も思い上がってさんざん勝手なことしてきたのでしょうね。妻には去られ娘は神経を病み、自分自身は落ちぶれてドン底。でもこの映画、甘いのよ。そんな男が再起をかけるといえば資金をやりくりしてくれる親友がおり、現在の恋人ローラ(アンドレア・ライズボロー)はギャラを払ってくれるかどうかもわからないのに共演を引き受け、娘は付き人になって親父のそばにいる。子供のころ、ろくに家にいなかった父親が、みじめな姿をさらしているときに、いっしょにいてあげようというのだから、こんな親孝行の娘、いまどきいないわよ。おまけになんだって。ナオミ・ワッツがブロードウェイをめざす新人女優レズリーの役ですって。淡々とした持ち味のナオミ・ワッツだからまだ許せるのよ。ニコール・キッドマンだったらジョークだわ。アレハンドロ監督のお気に入りですからね、ワッツは▼この映画の屋台骨を支えるのは、SFチックな、ぬるい主人公より、むしろこういう人物なのよ。急遽代役になったところ、リーガンにたてついてプレビューをむちゃくちゃにするマイク(エドワード・ノートン)。ニューヨークの演劇界は彼女の批評次第と恐れられる女性タビサ。リーガンとの腐れ縁に未来を感じられないローラ。主演者数は決して多くないが、彼らが放つ万華鏡のようなきらめき、正倉院の螺鈿のような精巧な細工がアレハンドロ監督の真骨頂なのだ。傲慢で人好きのしない「歩くイヤミ男」マイクが、じつはいいやつなのだ、とわからせる脚本なんか特筆ものよ。彼はウツに沈むサマンサにこんな言い方をする。「人からバカにされて笑われる、それがお前なのかもな。お前はこのへんをうろついて情緒不安定な元依存症を演じているだけだ。おれには本当のお前が見える。いかれているけど魅力的で、どんなに暴走しても美しい。それは酒やハッパで隠せない」サマンサは内心うれしい。でも彼女はマイクに負けないクソ文句で言い返す「ダサい歌の文句みたいね。なんでそうひねくれているの。人に嫌われたいわけ?」「まあね」「いま何がしたい?」「君の目玉をくり抜きたい」「ナイス」「目玉をくり抜いてオレの目にする。その若さにもどって通りを眺めてみたい」嫌われ者のあまりに詩的な感性に、サマンサは黙ってマイクを見直す▼明日は芝居の初日だ。リーガンはバーでメモっているタビサを認め、グラスを持って声をかけるが玉砕。つまりこうだ。「初日が終わったら史上最悪の批評を書くわ。あなたや映画人が、わたし、大嫌いなの。特権意識が強く、利己的で甘ったれ。ろくに芝居の勉強もせず、未熟なままで真の芸術に挑戦する。アニメやポルノを作っては賞を譲り合い、週末の興収で作品評価。ここは演劇界よ。脚本・演出・主演で自己満足にひたろうなんて、わたしが許さないわ。せいぜい頑張ってね」態勢を立て直したリーガンは「君は批評を書くだけでリスクはない。おれは明日の舞台に命を賭けている。このいまわしいクソみたいな下手な批評を、しわだらけのケツの穴に突っ込むがいい」「あなたは役者じゃない。ただの有名人よ」。壮絶である。日本ではきけまい。彼女のモデルはポーリン・ケイルにちがいない。タビサの批評が、翌日のニューヨーク・タイムズのトップを飾った。新聞を片手に、リーガンの枕元にかけつけたプロデューサーはサマンサに言う。「読んでやれ、大声で」「リーガンは無意識に新しい芸術の様式を、スーパー・リアリズムを生み出した。無知がもたらす予期せぬ奇跡、文字通り役者と観客が血を浴びたのだ、ホンモノの血を」。激辛タビサはリーガンを挑発しながらも、彼の再起を認めたのだ▼ローラとレズリーの場合はこうだ。レズリー「ブロードウェイで女優になるのが夢だったの。お前はよくやったとだれかにいわれたい」。ローラ「よくやったわ。舞台でマイクとヤッたじゃない。わたしはこの2年間、恋人から美しくて才能があるなんていわれたことない」。レズリー「あなたは美しくて才能がある」。ローラ「気持ち悪い」といいながらレズリーを見つめキスする。レズリー「いまの、なに?」「べつに」「…ローラ、もう一回して!」ふたりは夢中で抱き合う。ここはたぶん「マルホランド・ドライブ」のオマージュでしょうね▼サマンサは聡明ないい子だ。トイレットペーパーみたいな、ぐるぐるの巻物みたいな紙を楽屋で広げている。「なんだ。それ」とパパ。「施設の課題なの。地球ができてからこれだけ」(ト何メートルもの巻物を示し)、わずか10センチほど切り取って「人類が誕生してからがこれだけ。15万年よ。わたしたちのエゴや執着がいかにちっぽけか、わかるわ」。要はこの映画に悪人はひとりもいないのだ。みな善良で前向きで、ひたむきに自分の居場所を求めている。愛される者と呼ばれ、愛されていると感じられる場所を。見終わったらもう一度、冒頭のテロップを思い出そう。胸に沁みるはずだ「この人生で望みを果たせたか?/果たせたとも/君は何を望んだ?/愛される者とよばれ、愛されていると感じること」。

 

 

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