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特集「ザ・クラシックス」

2015年12月4日

特集「ザ・クラシックス3」④
ハイヤー・ラーニング(1995年 群像劇映画)

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監督 ジョン・シングルトン

出演 クリスティン・スワンソン/ジェニファー・コネリー/オマー・エッブス/ローレンス・フィッシュバーン

シネマ365日 No.1589

考えます、しっかり考えます 

特集「ザ・クラシックス3」

アメリカのキャンパス乱射事件をベースにしていますが、登場人物のエピソードがきちんと独立し、ツナギの手際良さから群像劇映画としました。アメリカの名門大学が舞台です。青春映画独特の、ウスノロな自分探しではなく、大学教育の目的をきっぱり示したのが、ローレンス・フィッシュバーンが演じるフィップス教授です。学生におもねらず、大学とはなにをする場所なのかを体現する。恋人を射殺されたマリク(オマー・エップス)が失意のなか、教授をたずね「どうしたらいいですか」と聞く。ラストに近いシーンです。彼は黒人だ。走りで注目されているから陸上部の選手だったが練習をさぼってばかり。「カッコつけやがって。スパースターはトレーニング抜きか。お前の記録を破るやつはゴマンといる。消えろ」冷ややかなコーチの言葉に愕然。教授は学期始めの最初の授業で授業料未納者の名前をあげ、自分の講義を受けるなら授業料を払ってこいと言いわたす。さらに「わたしは君たちのベビーシッターではない」と。彼は男も女も白人も黒人もアジア人もまったく差別せず、公平に厳しい(笑)▼マリクは黒人への人種差別から急進的な黒人グループに入る。落第し続けの黒人学生ファッジがリーダーだ。陸上の練習をするマリクに「走れ、黒人か」と冷たい視線。マリクは「奨学金のためさ」。ファッジは黒人女子大生を「ブラック・ビッチ」と吐き捨てた白人に「謝罪しろ」と腕ずくで謝らせるが、基本は冷静だ。「一回の殴り合いで解決するか。ここはアメリカだ。回りを見ろ。この大学も大きな建物も、お前の靴もそこのソファーもこの国もやつら(白人)のものだ。おれたちは敵のとりこだ。試験のために本を読む? ちがう、脳のこやしになるものを読むのだ」マリクの恋人は「おれは競馬馬じゃない。なんで大学のために走らねばならん」と鬱積しているマリクに言う。「暴れたってだめよ。わたしたちはここで(ト人差し指で頭をさし)勝負するのよ。回りを怨むより自分を強くするのよ。回りにつっかからないで」▼新入生歓迎パーティの帰り、デート・レイプされたクリスティンは「人種や性別の差別をなくそう」とキャンパスの学生たちに熱心にビラを配っている3年生のタリン(ジェニファー・コネリー)に共感を覚える。同質の黒人学生モネは「彼女はレズよ。あなたを取り込もうと誘っているのよ」と耳打ちする。クリスティンに好意をもつ男子学生ともつきあい「よかった。レズにはまるのかと思った」とモネは安心するが、クリスティンはやっぱりタリンが好きである。図書室で本を読むタリンを見つめすぎ「何なの?」と聞かれ慌てる。ある夜思い切って「今夜いっしょに過ごしたい」と気持ちを伝えるが、タリンは落ち着いていて「よく考えた? 好奇心で決めないで。おやすみ」すっと自室にひきとってしまう。めげずにクリスティンは「あなたはわたしをわかっている。言葉で説明しなくてもあなたには通じる」。タリンは受け入れ「あなたがいやだということはしないわ」…かくなる事態に及んでイヤもヘチマもないと思うが、このふたりとても礼儀正しいのである(笑)▼手をつないでキャンパスを歩くクリスティンとタリンに、モネは(やれやれ)。そして「人種の違いをたたえる平和集会」の日がきた。学内に設置したステージのマイクの前に立ち、クリスティンがよびかける。「人種や文化、性に上下はありません。わたしたちはいろんな差別を乗り越え、手を結ばねばなりません」タリンがうなずいて応援を送っている。そのときだ、銃声が響いたのは。レミーという学生がいた。アイダホからきたエンジニア志望の学生だった。勉強好きで内気なため友達ができなかった。溶け込もうと努力すると「サイコ野郎」と気色悪がられ、さびしくて自分を誘ってくれるグループに入った。それがネオナチだった。「ここは白人の国だ。あいつらはサルだ、ゴミだ、何の価値もない」過激な思想は孤独な青年に刺激的だった。彼は武装し屋上に上った▼教授室を訪れたマリクにフィップスは言う。「こんな悲劇に襲われたのに君は耐えた。君はいろいろな壁を乗り越えた。そういう君を心から尊敬する。これから君が正しい判断を下していくことをわたしは信じる」。「どうしたらいいのですか」「わたしに聞くのか?」。マリクは沈黙し、ややあって答える。「考えます。しっかり考えます」。このシーンが本作の静かなクライマックスであろう。ふてくされ、周囲に反抗し差別を呪ってつっかかってばかりいた青年は、礼儀正しい物静かな青年に変わっていた。一礼して部屋を出ようとしたマリクの背中に「苦しみのない進歩はない」と教授が声をかける。マリクは振り向き「フレデリック・ダグラス」と答え、ドアを閉める。教授はうなずき(大丈夫だ、もう大丈夫だ)とつぶやく。ハイヤー・ラーニング(高学歴)とはなにか。ジョン・シングルトン監督はここでひとつの解を示しています。大学とは「考える場」である。矛盾、悲劇、差別、あらゆる問題を前にたじろがず考えぬく。ハンナ・アーレントがいう「人は考えることによってドロップアウトから救われる」という教育の本質がここでもいわれています。シタリ顔の妥協策で、学生の機嫌をとらない映画の姿勢がよかったです。フレデリック・ダグラスとは19世紀初頭奴隷として生まれ、言論や執筆を通じて強硬に奴隷制度廃止を訴えた活動家。

 

 

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